〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-\』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻六) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/08/25 (木) 

若 菜 ・上 (九)

東宮も、こうしたことをお聞き遊ばして、
「さしあたっての目先の事はともかく、こうしたことは後世の先例にもなることですから、よくよくお考えになった上でお決めになるべきだと思います。いくら人柄が悪くないといっても、臣下は何といっても臣下にすぎないのですから、やはり、姫宮の縁組をお考えになるなら、あの六条の院の源氏の君に、親代わりとしてお託しになるのがよろしいでしょう」
と、わざわざ改まっての御消息という形ではなく、それとなく御意向を進言されたのを、朱雀院は待ちかねていられたようにお聞きになって、
「いかにももっともだ。ほんとうによい忠告をして下さった」
とおっしゃって、いよいよ御決心なさいました。
まず女三の宮の乳母の兄の左中弁を御使者にして、とりあえず朱雀院の御意向を、六条の院へお伝えになりました。
源氏の君は、女三の宮の結婚の件で、朱雀院がこんなにも御心痛なさっていらっしゃることは、かねがねお聞き及びでしたので、
「お気の毒なことだね。しかしそうはいっても、朱雀院の御寿命がそう長くはないとしても、わたしだって院よりぢれほど長く生き残れるか知れたものでない。そんなわたしがどうして姫宮の御後見をお引き受けできようか。まあ年の順に従って、院より少しばかりわたしが長生きするとすれば、朱雀院の皇女ひめみこ たちはどのお方のことも、もちろん他人扱いに捨てておくわけはないし、とりわけてこのように御心配なさる女三の宮のことは、特に心を込めてお世話申し上げようと思う。しかしそれだって老少不定ろうしょうふじょう の無常の世の中のことだもの、どうなるものやら」
とおっしゃって、
「まして女三の宮にすっかり頼り切られて結婚生活をすることはかえってよくないと思う。朱雀院に引きつづいてこのわたしが死ぬ時は、女三の宮があまりにもおいたわしいし、わたし自身にとっても女三の宮のkとが気がかりで、往生の障りになるだろう。夕霧の中納言などはまだ若年で身分も軽いけれど、将来は長いことだし、人柄もやはては朝廷の御後見となる可能性があるから、婿にとお考え下さっても、何の不都合があろう。しかしあれはまったく実直一方な上に、もう好きな女と結婚してしまっているので、朱雀院は気兼ねなさったのだろうか」
などと、御自分は全くその気がないようなお口ぶりで、左中弁は、朱雀院は決していい加減なお気持でお決めになったことではないのに、こんなふうに言われて、お気の毒にも、残念とも思っています。朱雀院がどんなふうに内々にお迷いになられた揚げ句の果てのお気持かということを、改めてくわしくお話ししますと、源氏の君はさすがににこやかになられて、
「この上なく可愛がっていらっしゃる姫宮だからこそ、それほどまでに来し方行く末を深くお案じなさるのだろうね。いっそ、帝にさし上げなさったらいいのに、高貴な身分の古参の妃たちがいらっしゃるという御遠慮は、つまらないことだ。こだわることはない。古参の人がいるからといって後から入内した人が必ず粗末にされるというわけでもない。故桐壺院の御代には、弘徽殿こきでん の大后が、東宮時代から早々と入内された女御として、権勢を振るわれたけれど、ずっと後に入内された藤壺の尼宮に、一時は圧倒されたものだった。この女三の宮の御母でいられる今の藤壺の女御は、外でもないあの藤壺の尼宮の異母妹でいらっしゃったはず で、御器量も、尼宮についでたいそう美しいと噂されたお方だったので、父母のどちらのお血筋からしても、きっとこの姫宮はずいぶんお綺麗な御器量だろうね」
など、おっしゃいますのは、やはり女三の宮に並々ならぬ関心をお持ちになっていらっしゃるようです。

源氏物語 (巻六) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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