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どこでご自害をおすすめ申し上げようか。頼政が探していたのは、死に場所だった。敵の辱
めをうけないですむ、静かな木蔭と草むらであった。 老将頼政の沈着と経験をもってしても、今は万策尽きていた。これ以上、宮のお供をなしつづけうる自信もなかった。なぜならば、矢の来る方向から判じても、敵はすでに先へ駈けまわり、奈良坂への通路を断ち切っている。──
この人数では、しょせん、血路を開けるはずもないし、せめて、さいごにすわる死の花莚はなむしろ
を、野辺に探すしか道はない、試案もない。 「あれ、御覧ごろう
じませ、春日山が見えまする」 頼政は、駒をとめて、宮のお眸を、みちびいた。 宮は、お顔を振り向けて、頼政のさす指先へ、しばらく、おん眼をこらしておられた。 そこは、光明山こうみょうせん
への鳥居道で、大和街道との辻でもあった。一むらの神代杉じんだいすぎ
と、楠くす の老樹が、広い日蔭を落していた。 頼政は、馬を降りて、その小高い藪の丘にのぼり、 「ここにお立ち遊ばして、御覧ごろう
じませ、春日山は、なおよく眺められまする」 と、宮を、お誘いした。 以仁王もちひとおう
は、じっと、奈良の空を見やりながら、しばらくは、なに一と言も仰っしゃらなかった。双の頬に、おん涙のすじを白々と見せられたのみである。 「・・・・頼政」 「はい」 「もう、心残りはない、春日山も、心ゆくまでながめたし・・・・」 「ご無念でございましょう」 頼政は、がばと、宮の足もとに、ぬがずいてしまった。宮も、最期さいご
を悟っておいでになるらしい。この君を、この運命にみちびいた者はられか。頼政は、自分を責めずにいられない。 しかし、悔いてはいなかった。むしろ、自分の描いた生涯の終局が、余りに思い通りに成功したことを、罪深く思うのだった。この宮お一方のみでなく、わが子、わが一族たちの犠牲において、成し遂げられた成功と思うからである。そら怖ろしい心地であった。 「頼政、おことは、さぞ、満足であろうな。老い木に花というものぞ。・・・・若木のまろは」 宮も、ともに、おすわりになった。 御自害の容子が、そこはかとなく、全姿にかすかな顫ふる
えを見せられ、お唇の色まで白くなった。 「・・・・いえ、老いの木の花は、花だけに過ぎません。若木の花こそ、実を結ぶ花。── 蔵人十郎行家は、いま、いずこを駈けておりましょうか。さだめし、東国の源氏ばらは、令旨を拝して、奮い合うておりましょうず」 「・・・・・」 「たとえ、おん命は、光明山こうみょうせん
のふもとにお果て遊ばしましょうとも、令旨は死んでおりませぬ。令旨は生きて諸国の源氏に、新たな望みを息吹して翔か
けましょう」 そのとき、藪の下で、するどい叫びが聞こえ、宮と頼政のあたりにも、矢唸りをもった疾風が、ばしゃばしゃと吹きつけて来た。 「あっ、大殿」 長七唱が、駆け上がって来た。 「飛騨守景家の六波羅勢百騎あまり、もうすぐそこへ姿を現しましたぞ。はや、お覚悟を、お覚悟を」
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