「三位殿」 人の声に、彼は、はっと我に返った。 相ノ少納言惟長
である。 「見えられました、ただ今」 「宮が」 「いや、新宮十郎殿で」 「おう」 頼政は、その惟長これなが
のあとから、跛行びっこ をひいて入って来た十郎行家を見、 「待ちかね申した。もしや何かの支障さわり
かと」 「いや、大原は早く出たなれど、放免臭くさ
い者が後に見えたので。それを途中でまくために」 「いつも、細心なお気づかい。そのお心構えを、宮にも、一方ならず御信頼あそばしておられる」 「しかし、御門外では、御二男兼綱殿に、おどろかされ申した」 「兼綱が、なんで」 「怪しい者と、あわや、自分へ組みつかれんとして」 「それは、頼政の抜かりでおざった。先にお見えのこととにみ思い込み、兼綱へ申しおくのを忘れていた。年はとらぬと思いながら、やはりどこかに年は老と
っておる」 「おことばは、士気をくじく。三位殿こそは、味方の諸葛孔明しょかつこうめい
、帷幕いばく の寿星じゅせい
とも、頼みにしておるものを」 「ははは、お案じには及ばぬ、陣中はべつ」 蔵人の間の柱で、鈴が鳴った。 宮のお召しらしい。 召しにこたえて、たれかが小刻みな跫音あしおと
で奥へ消えて行き、やがてまた惟長が見えて、何か小声で眼くばせした。 頼政、仲綱、行家の三名は、にわかに、身をひきしめ、粛となって、宮の御座おまし
ある所へ、惟長に従って行った。 |