〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-W 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (六) ──
御 産 の 巻

2013/07/24 (水) 御 産 絵 巻 (三)

いかに今、平家一門が、盛りを極めていたか。また、権勢に弱い人びとの

ぶるところとなったか。旧記にある “御産ニ依ツテ六波羅ヘ参ラセ給フ人々” ── の顔ぶれを列記しておくのも、あながち、むだではあるまい。
まず関白基房、太政大臣師長、左大臣経宗、右大臣月輪つきのわ 兼実かねざね 、内大臣小松重盛などの諸大臣をはじめとして。
左大将後徳大寺実定、源大納言定房、三条大納言実房、五条大納言那綱、藤大納言実国、按察使あぜち 資方すけかた 、中御門中納言宗家、花山院兼雅、中納言雅頼、権中納言実綱、藤中納言資長、池中納言頼盛、左衛門督さえもんのかみ 時忠ときただ 、検非違使別当忠親、左宰相実家、右宰相中将実宗、新宰相中将通親みちちか 、平宰相教盛、六角宰相家通、堀川宰相頼定、左大弁方、右大弁俊経、左兵衛督重教しげのり 、右兵衛督光能、皇太后宮大夫朝方、左京大夫長教、太宰大弐だざいのだいに 親宣ちかのぶ 、新三位実清などの ── 三十三人。
それ以下の公卿公達きんだち は、どれほどか、記録されてもいない。
法皇には、簾中からしばしば、
「まだか」
と、あたりへ、訊ねられたり、
「時忠やある」
と、御産所に奉侍している平大納言を、近くに召されて、
「難産とみゆるの。── 修法しゆほう僧侶そうりょ へ、一ぱい励み候えと、つたえよ」
仰せもそぞろな御容子である。
修法の壇には。
夜来、仁和寺にんなじ守覚しゅかく 法親王、天台座主の覚快法親王、三井寺の房覚僧正などの群僧が、誦経ずきょう の声をからし、孔雀経の法とか、八字文殊の法とか、おのおの一心不乱な法力を らしていた。
護摩ごま の煙は、むね をめぐる雲をなし、振鈴しんれい のひびきは、池の氷も破るばかりである。
しかも、おん ぶ声は、あがらない。
陣痛のあまりに、中宮のおんうめ きが、かすかに、几帳きちょう 深きあたりからもれるばかりである。
諸人はみな、ようやく憂いをたたえ初めた。
つい法皇も、みずから加持の壇に向かって、護摩ごま き、れい を振り、懸命に七仏薬師の法をしゅう せられた。
いかなる物のさわ りも払わんと遊ばす形相ぎょうそう とおん声のうちに、常にはお見せにならない御気性の一面が、あらわに出た。何か、身の毛もよだつばかりな鬼気が濛々もうもう と龍顔から昇り立った。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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