今までの経験からみると、シベリヤの内地は、思ったほど雪がひどくなかった。橇の滑らない所さえあった。そんな時は、車に乗り換えてソリを引かせる。
ブラゴヴィエチェンスクを出てからも、限りなく続く氷の原の上を時としては山路を貫き、野原を打ち抜いて、近道を行く。
雪は降らぬが、声も凍るような厳しい寒さにはただ驚くばかりである。思い出すと、ペテルブルグでは、零下十度になると、街頭にかがりをたいて、空気を温める。零下十四度を越すと、氷すべりの人も殆ど来ない。零下二十二度を越える事は、一年を通じてせいぜい二日か三日である。
広瀬が体験した一番寒い朝は、零下三十度であった。それがこのシベリアの橇旅行の間には、三日程、零下三十度を越えたのには驚いた。息が凍る。言葉が凍る。身体が凍る。なにもかも凍ってしまう。
コンスタンチノフスキー、ポヤルコヴォ、イノケンチェフスカヤ、ミハロフスキーと、ソリはぐんぐん進んで行く。だんだんハバフスクに近づく。南に下るにつれて寒気もさほどではない。その気の緩みが、思いもかけぬ失策を招いた。
じつは、マンチュリヤに赴く支線の途上、ムゴルゲヤ駅に車が止まっていた時に、一度ひどい目にあった事がある。
寝台は上段と下段に分かれていて、広瀬は上段のベットに寝た。ロシヤ東洋艦隊の旗艦 「ペトロパウロフスク」 の艦長に新任されたビヤースラフ・ヤーコフレツ大佐が、下段に寝ていた。車内は、ヒーターの設備があるが、手洗いまでは温めていない。寒い。寒い。ちょうど零下三十五度だった。
便器の下が拡がっていて、外部の極寒をそのまま下腹部に受けたからたまらない。非常な痛みを腰に覚えた。もう一度手洗いに出掛けてとめようとすてば、かえって下腹を冷やすから、腹痛はいよいよひどくなった。五、六回通った後に、毛布を身に巻きつけ、思い切ってブドー酒を飲み下した。ウトウトするうちに、マンチュリヤの駅に汽車が着いて、どうやら下痢は止まっていた。あの時、ロシヤ人の駅長はウォッカを飲み過ごしてフラフラと外套もつけず、帽子だけかぶって、外に出た途端に、寒気に当たり、その場にぶっ倒れた。大騒ぎだった。助かればよいがと思ったが、そのまま汽車が出てしまったから、どうなったかわからない。
スレチェンスクを発つ前には、腹もすっかり直っていた。それからは、気を付けていたから、さほどのことはなかったが、ハバロフスク近くになって、またヤラれた。
いったいシルカ河からアムール河にかけて、文明人の使うような便所は、どこにもない。たまにあっても、きわめて雑なもので、下から寒い風が吹き上げるので、身慄いし、たいてい青天井を仰いで、わずかに用を足す。
この日も、青天井の下にいた時間が少々長かったとみえ、また腰を冷やしたため、一時間後に、差込が来た。下痢がひどい。手洗いに通うごとに腹を冷やすからたまらない。
エカテリノ・ニコルスカヤ、ブラゴスロベンノイエ、ステパノフスキーと駅で馬を替えるごとに、手洗いに行く。これからずっと下痢のし通しだ。
ミハイーロボ・セメノフスカヤまでやっと辿りついた時、馬を替えようとした。ところが、書記の奴が例に似ず気色ばんでいる。腰は痛いし、早き行きたいし、馬を出してくれといっても、書記は、しばらく待ってくれというだけで、何もせぬ。病のために気の短くなった広瀬は、腹が立った。
「何故出さんのか」 と、声を高めると、書記は冷たい態度で、
「あんたは、旅行免状をお持ちですか。お持ちなら、お出し下さい。」
と、命令するような口調でものを言う。
「パスポートは三つ持っている。でも、見せろといわれたとて直ぐに見せるわけにはゆかん。」
と、広瀬が答えたその時、急にコサックの士官が現れた。
横柄な男で、しきりにパスポートを見せろと迫るので、
「何故私に身分を取り調べる必要があるのです。」 と聞くと、
「まあ、これをご覧なさい。」 といって電報をさしつけた。
見ると前に通ったラッデ駅の守備隊長から出したものである。
電文には、こうあった。
「サクヒ、コサックニヨレバ ニホンシカンニテトウチヲケイクワシ、ヘイビヲチョウサスルモノアリ。サクヒ、ドウニンハヘイスウイカントシツモンセシトイフ。ソノシカンノミブン、ユクサキ、クワシクトリシラベヨ」 |
|
この電文を見て、広瀬は思い当たるふしがあった。
それは、ここから三つ前のあの小駅に着いた時、もうスレチェンスクからは一千五百七十ヴェルスト走った、はるばる来たなと雪中の輸送力を調べようと思って、いまこの駅には、馬が何頭いるとか質問した。あの辺はすべて多寡の知れた寒村ばかりで、その二つ前のイノケンチェフスカヤにしても、人口わずか三百人というていたらくである。
もうこうなればやむを得ない。広瀬は旅券を取り出した。
「ロシヤ皇帝ニコライ二世ハ、今般日本海軍少佐広瀬武夫ノ外国ニ出ズルニツキ、コレガ許可ヲ与ウルニ依リ、同官ノタメニ充分ナル便宜ヲ給スルヨウ命ズルモノナリ。」 |
|
ロシヤ外務省の総務長官も署名してある。
これほど有力なパスポートはありえない。コサックの士官もこうなれば広瀬を抑留するわけにはゆかぬ。
旅券の文字を写し取って、すぐに広瀬に返してくれた。士官は書記に耳打ちして、急に馬を出させた。
何故あんなに急にロスケが警戒し始めたのか、訳がわからない。シベリヤに来ても、ヤーコレフ大佐のような高級士官は何でも心よく話してくれた。
橇車旅行に入ってからも、村役人などは、無学なものだけれど、これといって不届きな態度は見せなかった。それがハバロフスク近くまで来て手のひらを返すようにこんな猜疑心で見られるのは、実に心外だ。
不快に感ずるにつけてまた腹がシクシク痛む。苦しい。身体はゲッソリやせた。得体のわからない監視の目が、どこかでのぞいていると思うと、彼はヘンに不快だった。心身両面からさいなまれて、わけのわからない疲労と困憊とを感じながら、彼は冷たい油汗を流した。
この時、天候が激変した。みるみる夕空が曇った。ゆきまじりの風がつめたく頬を打った。吹雪が急に荒れ狂う。思いがけなく。
馬丁は、必死になって手綱をさばく。橇の揺れ方は、一段とひどくなった。腹の痛みを止めるために、用意のブドウ酒をガブガブ口の中に流し込んだ。たちまち身体中の血が熱くなる。揺れる車につれて、身体にも心にもリズムが生まれ、彼はウトウトと夢を見ているような気持ちになった。
|