『ロシア における 広 瀬 武 夫』 (抜 粋)

島田 謹二:著 ヨ リ

== 第二十章・ 誰 破 相 思 情 ==
その翌日、広瀬の部屋で二人はまた逢った。
アリアズナは世にも面映ゆげであった。
昨夜の思い出が生々しい。
彼女はまだ男の熱い呼吸を唇の上に感じていた。生まれて初めて男に与え、男から受けた接吻であった。
街路を歩いても、昨日と違う。
道行く人の視線が、矢のように鋭く自分に向けられていると感じられた。

「タケオさんに見ていただきたきことがります。お話できないから手紙に書きました。夜通し書きました。昨日の夜は眠れなかったのよ。さっきポストに入れておきましたから、明日読んでくださいね。」
とささやきながら、アリアズナは千万無量の思いをこめて、広瀬をみつめた。
画ハガキの女と全く同じ眼つきであった。
彼女はビロード張りの清楚な手帖を取り出して、ここにあなたの記念を下さいと頼む。即座に、彼女の目には絵のように映る不思議な固い文字を五つづつ、几帳面な字体で、広瀬は手帖の中に並べた。
    夜  思

四壁沈沈夜

    誰破相思情

懐君心正熱

    嗚咽独声呑

枕上孤燈影

    可憐暗又明

潺湲前渓水

    恰訴吾意鳴

恍乎君忽在

    秋波一転清

花顔恰微笑

    似頷吾熱誠

吾身与吾意

    唯一向君傾
          武 夫

    夜  思

へき 沈沈ちんちんよる

    たれそう じょうやぶ

きみおも ひてこころ まさねつ

    嗚咽おえつ ひとこえ

枕上ちんじょう とうかげ

    あわ れむあん また めい

潺湲せんかん たり前渓ぜんけいみず

    あたかうった えて

こう としてきみ たちま

    しゅう 一転いってん してきよ

がん あたか しょう して

    熱誠ねっせいうなづ くに たり

わが わが

    ただ ひた すらきみ かひてかたむ
                      武 夫

「タケオサン、絵みたいだけど、何のこと?」
と、たずねる。
「あなたの大好きなプーシュキンの 「夜」 のシナ訳です。あの詩なら意味がわかるでしょう。これには思い出があります。
ロシヤに来る前の年の秋だ。小さな軍艦で、チョーセンの多島海を測量していた時、毎晩ロシヤ語を勉強しました。みんな寝静まってから、時々音読すると、従僕の水兵の奴、夜になると牛の鳴くようなヘンな声を出す人がいる。と言い出して、ちょっと笑い話になったことがあります。
その頃プーシュキンを読みました。僕のロシヤ語だから、原詩の意味もよくわからなかったのですが、シナの詩の形にうつしました。日本の知識階級はみんな、シナ詩を日本風に作る教養をもっているんです。プーシュキンのもとの意味とはきっと違っているでしょう。けれど、ここにこんな純愛の詩にして写し出したのが、今の私のあなたに対するほんとの気持ちなんですよ。
シナの文字は、意味が読めなくとも、絵ですから、画のように眺めていれば、自然にわかってきます。時々この手帖を開いてごらんなさい。私がきっと出て来ますから。」
そう言って、
「誰カ相思ノ情ヲ破ル・・・・」
と日本語で微吟しながら、もう一つ書こうと、鵞ペンをインキにひたした。
今度は、まるでちがった絵模様である。秋草が風になびくような、群鳥が空かけるような、音楽が凍ったような、不思議なリズムと曲線の文字を、よどみなく彼は書き続けた。
「矛にぎる 手に筆とりて 外国の
       みやびのみちを 大和言の葉」
「筆とりて うゑ移しみむ とつくにの
       父の園生に やまとことのは」
「筆とりて うつすこころを しるや君
       訳しもあえず 大和言の葉」
「ウラル山 嶺のこなたへ 敷島の
       大和言の葉 うつしみるわれ」
「ウラル山 嶺のこなたへ しきしまの
       大和ことばの 花やつたえむ」

第二首に 「とつくにの父の園生」 とあるが、広瀬のメモには 「外国の父の園生」 と明記されている。
コヴレフスキー少将のことを指すらしい。すると、このころの彼は、コヴレフスキーを 「とつくにの父」 とみていたということになる。表面の意味はそこでとどまるとし、とどまらねばならぬ。しかしもう一歩を進めると、この表現はアリアズナとのリエゾンまで考えさせずにはおかない。
人に見せる目的がないとはいえ、昨夜のことを考えに入れずにはとても書き表せない言葉であった。

「意味はわからないけど、風情があるのね。ロシヤ人には、こんな美しい文字は書けません。ヤポーニャは小さくても、昔から立派な文化を持っているのですね。うれしいわ。いつだか、極東へ行った兄の友達が帰っていて、ヤポーニャは極楽だって驚嘆していましたわ。ほんとうの極楽浄土があるとすれば、あの国の事だろう、と話していましたわ。わたしは、ヤポーニャがとても立派な国だと言う事を疑った事は一度だってありませんの。」
という彼女の日本讃美は、激しい感動に震えていた。

もう遅いから送っていこうと言うと、こんなに髪が乱れていては恥ずかしい。櫛をかして、と頼まれたけど、広瀬の部屋には若い女に貸すような櫛はなかった。
彼女は微笑みながら、なまめかしく華車な両手で、彼女の髪をつかねた。
その後、えならぬ芳香が、広瀬の部屋にはいつまでも漂っていた。
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