ゆう きょ そく
石川 丈山
1583〜1672

さん じん せいこと なり
つねふくたい じょう
しい うん じゅいろ
いつ きょく かん せんこえ
あめおう うるお しておも
かぜちょう しゅうあたた めてかろ
つくろういた るといえど
いま しん をしておどろ かしめず
山気人世

常含太古情

四時雲樹色

一曲潤泉

雨濕鶯衣重

風暄蝶袖輕

爲詩雖至老

未使鬼~驚

(通 釈)
山間の風気は俗世間と違って、いつも太古そのままの自然の風情をたたえている。
四季を通じての雲のたたずまいや樹木の色合いの中に、聞こえてくる音楽といえば谷のわき水の静寂な声ばかりである。
春雨は鶯の羽をしっとりと湿して重くし、暖かい風はかえったばかりの柔らかい蝶の羽を温めて軽やかである。
ふっとゆきにし日を振り返ってみると、詩を作り出して久しくなるが、老年に至っても、まだ鬼神の心を感激させるほどの詩が出来ない。

○幽居==世塵をさけて静かなところに住む。
○即事==詩題の一つで、その時と場所のことを詠ずること。
○山気==山間の風気。山は比叡山。
○人世==世俗界。世の中。
○太古情==俗塵にけがれない昔ながらの風情。
○四時==春夏秋冬の四季。
○雲樹色==雲と樹木の色。大自然の風景をいう。
○一曲==音楽の一ふし。ただ聞えるのは潤泉の声だけだからいう。
○潤泉==谷間から湧き出るいずみ。
○雨濕==雨で湿り気を含む。
○鶯衣重==雨を含んだ鶯の衣 (羽) が重い。
○風暄==春の風は暖かく。
○蝶袖軽==蝶の袖 (羽) が軽やかである。しっとりと水気を含んだ鶯衣に対して暖気で軽やかになった蝶袖を対比させた。
○為詩雖至老==詩を作って老境に至ったと言えども。詩仙堂にこもって作詩してはいるが、過去の詩作を振り返ってみるとの意。老境の沈静した心で振り返ったとき、今まで何をしていたのだろうかという気持ちになったのである。
○未使鬼神驚==鬼神の心を感激させるまでの詩作がないことをいう。


(解 説)
丈山は寛永十八年 (1641) 五十九歳の時、職を辞して叡山の麓にある一乗村に居を構え、隠棲している。
その居に、前漢から南宋までの詩人三十六人の像を狩野探幽に描かせ、壁にかけ、詩仙堂と名付け、詩作にふけり、世人とも交わりを断ち、わずかの友とのみ付き合った。 この幽居の間に作られたのがこの詩である。
春の暖かい日差しの中で、ふと過ぎし日の詩作を振り返り、即興的に賦された詩。
(鑑 賞)
いかにも、自然を愛し、花をめでた丈山らしい作品の一つ。
(俗塵にまみれない山間の太古からのたたずまいと、四季折々の風景、谷間の水の音は音楽の一曲かと聞きまがう。鶯の羽は雨にしっとりと湿い、蝶の羽は温かい風の乗って軽やかである。この静寂の情景の仲でふと振り返ってみると、未だ鬼神を驚かせるような詩は出来ない) と感慨に耽って結びとしている。