かい
太宰 春台
1680 〜 1747

なん 茫々ぼうぼう たり てい じょう
三條さんじょう 九陌きゅうはく おのずか縦横じゅうおう
藉田せきでん むぎ ひい でて農人のうじん わた
どう よもぎ しょう じて かく
細柳さいりゅう ひく れてつねうらみ
かん 歴乱れきらん としてついじょう
千年せんねん陳迹ちんせきただ 蘭若らんにゃ
にち ?々ゆうゆう として 鹿ろく
南土茫茫古帝城

三條九陌自縦横

藉田麥秀農人度

馳道蓬生賈客行

細柳低垂常惹恨

閑花歴亂竟無情

千年陳迹唯蘭若

日暮??野鹿鳴

(通 釈)
奈良の古い都には、三條九陌と街路が自然に縦横にのびていたが、いまや、天子御手植えの田であった所には麦がのび、農民が野ずらを歩いている。
天子の御成り道は荒れ果てて蓬が生え、物売りが歩いている。かって、天子や貴人たちが愛でた柳の糸は昔と変わらず低くたれているが、なんとなくうらめしい気持ちにさせられる。
閑雅に咲き乱れている花には、昔の都をなつかしむ人の感情はわからない。千年も昔の都の跡には、ただ寺院を残すのみである。日暮れになると野辺の鹿の鳴き声がいっそう侘しさをつのらせる。

○寧楽==奈良をいう。 “寧楽 (ネイラク)” とは安楽の意で、平和の都を意味してこの字が当てられたと考えられる。
○南土==南方にある土地。奈良。奈良は京都の南に位置する。南都ともいう。
○茫茫==遥か遠い昔をいう。広々として大きいとする説もある。
○三條九陌==三すじと九すじある通り。いずれも都の大通りをいう。
○藉田==昔、天子が天や祖先を祀るための米を自ら耕作した田地。
○麥秀==秀は稲や麦がのびて成長すること。
○馳道==天子の通り道。御成り道。障害物を取り除き車馬で早く駆け抜けられるようにしてある。
○賈客==旅の商人。行商人をいう。
○細柳==柳の糸をいう。
○閑花==心静かに咲いている花。
○歴乱==花が咲き乱れているさま。
○竟無情==花にはつまるところ感情が無い。結局、花には古い都を思う人の心などわからない。
○蘭若==梵語の阿蘭若きた語。寺院。
○??==鹿の鳴く声。


(解 説)
かって栄えた寧楽の都を懐古して作ったもの。飛鳥・天平の遺跡には寺院や古美術が多く存在し、その地に立つと過去の世界に引き戻されるような錯覚に陥る。過去と現実の交叉する情景の中に、かっての栄華の世界をよみがえらせている。
前半は帝城址に田園を対比させ過去の栄華に思いを馳せ、後半は咲き乱れる花は千年の昔と変わらず美しいが、今は見る人もなく、これがかえって心を痛めるし、寺院がわずかに残っていても、そこには鹿のものさびしい鳴き声が聞えるだけであると結ぶ。
(鑑 賞)
春台は経済の明るい一方、音律にも通じていた。この詩も音律を考えたすぐれた作品の一つだ。
荒れ果てた奈良の都のさまを、街並みから郊外の田園風景まで、詩情豊かに詠じている。
柿本人麻呂が荒れ果てた近江の都をしのんで作った和歌
「淡海の海 夕浪千鳥 汝が鳴けば 心もしのに いにしえ思ほゆ」
に通ずるものがる。