(通 釈)
どこの家であろうか、砧を打つ音が夜更けの村に聞こえてくる。たたずんで耳を澄ませると、一杵一杵ごとに寒気も増し、それとともに、その音の持つ寂しさが見に染みてくる。
秋も、この時期になるといよいよ深まり、葉末に光っていた白露も、今は霜となり、それが天に満ち、地上の全てが粛然とした気におおわれ、人の心も衰え、草木は枯れ果てている。乾いた木の葉が風に舞い、秋もまさにたけなわである。
そうした中で、どの家の母であろうか、遠く都に仕える息子のために、寒さも厭わず、冬衣を整えるために、月明のもと、丁々と懸命に砧を打っている。砧の響きが急なれば、いよいよ夜の長さを思う。
いったい、どれほどの時間、あの固い石の上で、重い小槌を振るう事であろう。おそらく、その息子は薄給の身で、満足な綿の入った衣を買い求める事が出来ず、短い破れ着物をまとって、長安の都で過ごしているのであろう。
親なればこそ、その身を思いやるだに愛しく、老いの身に堪えてせっせと砧を打っているのであろう。子の苦労を思ってのことであろう。槌の音を響かせながらも、砧の上に、涙がポトポトと落ちてやまない。子を思う母の情はまことに深渕なものである。
○碪==砧とも書く。木を斫る台にも草や藁を打つ石にもいうが、ここでは、布や帛を柔らかくし、艶を出すために載せて叩く台。砧声はきぬたを打つひびき。
○断続==切れるとすぐ続く。間を置いて聞える。途切れ途切れの状態。
○村巷==村の隅々。 ○一杵==杵の一打ち。
○寒於一杵寒==一杵ごとに寒気がつのるようでもあり、一杵ごとに寂しさが増すの意。
○白露==しらつゆ <白露爲霜> は秋が深まり、追い追いに寒くなるを言う。
○肅殺==厳しい秋気が草木をそこない枯らすさま。
○闌==真っ盛りの時。または盛りを少し過ぎた時をいう。
ちなみに、闌暑は残暑、闌夕は深更。
○慈母==慈愛深い母。
○丁東==玉石などの触れ合う響き。チンチン・トントンなどと鳴る音。
○漫漫==夜の長いさま。
○薄宦==薄給の官吏。冷官。仕官してなかなか栄達出来ない役人。
○短褐==短く荒い布の着物。賤しい者の着るもの。
○敝裘==破れた皮ごろも。 短褐と対に用いられる。
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(解 説)
中国では、昔、夫が外征中、その留守を守る妻は夫の衣を整えるため、砧を打った。その際、妻は淋しさに耐えながら、夫への思慕の情を込めて打つところから、その音は哀切をもった響きと受け取られ、このことから、砧の響きは古来、さびしいもの、悲しいものの象徴として、詩文の素材とされている。
日本でも、能楽などに 「砧」 というテーマで 「遠方へ長期赴任の夫を慕う妻がしばらくは砧を打って、みずからを慰めていたが、悲しみがいよいよ募ってやがて死んでいく」
という物語が作られている。
本詩はこの砧に関する風習を素材に、主人公を、夫を思う妻から子を思う母に変えて、親の子を思う愛情の深さを詠じたもの。
(鑑 賞)
これは、白居易の 「聞夜砧」 をその骨格とし、孟郊の 「遊子吟」 をその精神として、たくみに新しい詩境を詠じ出した、と言えよう。
秋の夜は寒々として、さびしく、そして、もの悲しい。本詩では、第一句から第四句までにわたって、秋たけなわの夜の荒涼とした光景が克明に描き出されている。
その描写が鋭いだけに、老母ひとり、都の出て苦労している息子を思って砧を打つという、後半四句の描写がよりいっそう強く浮き彫りにされ、子を思う親の情をうたいあげるのに成功している。
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