(大 意)
この詩は、信長の寵臣森蘭丸を中心に、本能寺の変を劇的に描写したもので、紅顔可憐の美少年、決死奮戦のさまが手に取るが如く眼に浮ぶ作。
夜宴も既に閉じられて、本能寺の夜は静かに更けてゆく。屋外から聞こえて来る鐘の音は、五更を知らせている。まもなく夜が明けはなれるであろう。
蘭丸は信長公の身近くお枕の側に臥せっている。寝所の銀燭に輝く紅の焔は、虎の眼が、窺うように信長公の姿を照らしている。
突如、この静寂を破って轟々たる陣太鼓の音が響き聞こえて来た。つづいて起こる戦鼓の声は四面の山々にこだまして崩れんばかりである。
驚き目覚めた信長は 「叛する者は誰ぞ」 と叫んだ。蘭丸は走り出で寄せ来る敵の旗印を見るに、桔梗の紋所である。
「惟任光秀謀反大兵を率いて攻め寄せました」 と急ぎ帰り告げた。
本能寺の境内は鼎の湧くような騒ぎで、身分の賎しい兵どもは、目の前に大軍を見ていずれも色を失ってしまったが、そに中にあって蘭丸の働きは一際目立っていた。
槍を小脇に抱えると、身をもって虎狼の群れにも比すべき敵中へ躍り入り奮戦これ努めたが、信長の知遇に報いんとする忠義の前にはいかなる強敵も圧倒された。
しかし、信長は既に天命を知り、館に火を放ち自刃して果てたのであった。蘭丸もまた身に数傷を蒙り、全身から噴出す鮮血は止まらず猶も屈せず最後の勇を奮い起こして戦ったが、遂に敵刃を浴びて倒れた。
あわれ、重傷の紅顔美少年森蘭丸は、ここにおいて、焔の渦に包まれた本能寺を伏し拝み、さん然と涙しつつもはやわが為すべきことも終ったと、逆臣光秀の不忠を憤りつつ、腹を屠って斃れた。
さり乍ら、たとい、身は死しても魂魄は光秀を取り巻いて必ずこれを誅せずにはおかぬと、蒼天を睨んで花一輪の如く、あたらここに散ったのである。
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