くま かわ ざつ えい (一)
廣瀬 淡窓
天明二 (1782) 〜 安政三 (1856)


ざんえん としてみずちゅう おう

つと毛侯もうこう せん じょう

げき 彩旌さいせい むな しくいち

みだひら いてつき そう そう
龜山宛在水中央

傳是毛侯古戰場

畫戟彩旌空一夢

蘆花亂發月蒼蒼

(通 釈)
亀山は往時に変わらず、昔のままに隅川の流れの中央に立っている。
この亀山の地は、その昔、毛利侯と島津氏が相争った古戦場であると伝えられているが、今日、こうして水辺にたたずめば、美しいほこや鮮やかな旗を立てて並べ戦ったことなど、一場の夢にすぎぬように思われる。
ふと見れば、青白い月の光の下、あしの花が咲き乱れている。

○隅川==淡窓の住んだ、日田市南部を流れる川。
○亀山==亀王山ともいう。 ○宛==昔のままに、の意。
○毛侯==毛利侯。毛利高政をさす。
○古戦場==天正十四年 (1585) 十月ごろ、南方の島津家久が豊後に侵入した際に、別働隊として、肥後方面より岡城を経て大分郡に進出した島津義弘と合戦があったらしい。
○画戟==美しい装飾を施したホコ。
○彩旌==色鮮やかな軍旗。 ○芦花==あしの花。
○発==花の咲くこと。   ○蒼蒼==青白いことをいう。


(解 説)
同題三首連作の内の第一首。
隅川は、淡窓の住んだ日田市の南部を流れる川。その川の辺の景物を詠じた詩の一つ。
隅川が、久留米方面と福岡方面に別れるところに、亀山がある。現在は亀山公園となっており、そこに、佐伯藩の祖、毛利高政の居城と伝えられる日ノ隅城址がある。
往時を偲び、今日の美しい景物を見るにつけ、今昔の感にたえぬことを詠う。
(鑑 賞)
起句、荘重な詠い出し。蒼い月に光に浮かび上がる亀山の姿から、思いは往時にさかのぼる。
起句は、視線を遠くに飛ばし、承句は、時間をさかのぼり、転句で時間と空間を自らに引き戻し、結句で、その思いを花と月に落とす。
川原に乱れ咲くあしの花は、青白い月の光に照らされて、その昔、この戦場で打ち振られた矛や旗を思わせる。
幻想的で凄絶な美しさの溢れる詩である。