けい りん そう ざつ えい しょ せいしめ
廣瀬 淡窓
天明二 (1782) 〜 安政三 (1856)


ちょう きょう かえ りなん こくはる

つと めてはら簡編かんぺんちり

きみ はく しゅ めいもの

かつけいだん じてせきうば いしひと
長鋏歸來故國春

時時務佛簡編塵

君看白首無名者

會是談經奪席人

(通 釈)
塾での学業を修めて、さあ帰ろう、故郷の春へ。だが、安閑としてはいられない。常に書物をひもといて勉学に務めなければならない。
見てごらん、いま、白髪になって名も無く埋もれている者を。この男だって、昔は学問に優れていると評判だったのよ。そのように、研鑚を続けなければ、ついには無名の田舎おやじで終ってしまうことを忘れてはならない。

○長鋏==長剣のこと。 『戦国策』 の故事からの言葉。去らんとすることを表す語。
○歸來==帰ろう    ○故国==故郷。国元。
○時時==常に     ○簡編==書物のこと。
○白首==白髪と同義。
○談經奪席人==経書 (学問) にずばぬけて精通している人のこと。


(解 説)
「桂林荘雑詠諸生に示す」 四首のうちの第四首め。桂林荘での業を修めて、故郷へ帰らんとする塾生への餞の詩である。
多少の学問を鼻にかけてはならぬ、日々の研鑚を怠れば、駿馬も老いては駄馬にも劣ることになる、と帰国する門下生への戒めを述べている。
(鑑 賞)
随所に故事や成語が織り込まれ、格調高い作品である。この第四首は、第二首と相対する趣向になっている。第二首では、故郷の老親の帰りを待ち侘びる気持ち、その老親と離れて異郷にある気持ちを 「秋風」 の語に凝縮したが、いま、彼らの心は春のように喜びと希望に溢れている。しかし、淡窓は、単なる学匠にとどまらず、人生の師として、故国に旅立とうとする者に戒めを与えることを忘れない。勉強を続けなさいよと。
「桂林荘雑詠」 四首のうち、先の二首はしばしば吟じられるが、後の二首は、其の機会が非常に乏しいし、各種の注釈書も、第三・四首は、わずか参考程度に引かれているのみである。もっと研究されてもよかろう。