らつ
徳富 蘇峰
1863 〜 1957


ちょうはちうたいたところ

香雲こううん 漠々ばくばく たりくさ たり

そう しゅん なん かんばん しゅん きに

まん しゅう軽風けうふう はな つるのとき
蝶舞蜂歌到處宜

香雲漠漠草離離

早春何若晩春好

滿袖輕風花落時

(通 釈)
蝶が舞うようにして飛び交い、蜂が歌ってでもいるかのように羽音をたてて自由に飛び回っている。 行くところどこでも、こうした春の風情は心地よいものである。
桜花が雲のように咲きほこり、青葉が勢いよく生い茂っている早春の景など、この晩春の景には及びもつかないだろう。
袖いっぱいに軽やかに風が吹き抜け、花がハラハラと散る好時節であるよ。

○香雲==群がり咲く花の様子。
○漠漠==一面に広がるさま。
○離離==草の生い茂るさま。
○満袖==袖いっぱいに。
○軽風==晩春に吹く暖かみを帯びた心地よい風。


(解 説)
落花の景に寄せて晩春のよさを詠じた詩。
陰鬱な冬が去って春が訪れる。早春の喜びを詠うものは多いが、晩春の景も実によく、早春に勝るものがあると主張している。
晩春といえば、行く春を惜しむ悲哀の面ばかり歌うのに対し、積極的に晩春の景を楽しむべきだと詠じている。
(鑑 賞)
起句、蝶や蜂が乱舞していかにも春を謳歌している様子。承句、樹上の桜と地上の草のむせ返るような色と香りのあや模様。
前半にこうして舞台装置をしておいて、後半に、この光景を満喫する作者がゆったり登場、落花の風を浴びながら風流をきめこむ態。 「満袖の軽風」 が洒脱な味をよくきかせている。