こう いん さい ばん ざつ
鈴木 豹軒
1878 〜 1963


ろう ぶん しょう しん かつ けい

乾坤けんこん 独立どくりつ しゅう てん

こん 何物なにもの豪雄ごうゆう なる

人間じんかんむか かって れい らず
老後文章眞活計

乾坤獨立秋天霽

古今何物是豪雄

不向人闊ラ奴隷

(通 釈)
老後に試作にふけるのは、人生における真の意義有る生き方である。
天地の間において他の何者にもわずらわされないこの自由な心境は、まるで秋晴れの空のように澄んでいる。
古今を通じてどんな人がすぐれた人物であろうか。それは世間にあって、欲望の為にその身を拘束されない人間のことなのである。

○文章==詩。詩賦の類を言うが、ここでは詩のこと。作者は退官後詩作にふけり、十年間に七千余首を試みている。
○真活計==真の生活 「活計」 は生計。生活の手段の意に用いるが、ここでは人生における意義の有る生き方をいう。
○乾坤==天地。
○何物==どんな人物。「物」 はひと。
○豪雄==すぐれた人物。才知や勇気などについて言うのではなく、いつも自己を失うことのない、しかりした人物を言う。
○人間==人の世。世間
○向==詩では 「於」 の意。
○奴隷==しもべ。下男。名誉・利欲などの為に自由を失った人を例える。


(解 説)
この詩は 「庚寅歳晩雑詩」 十三首の第十二首で、みずから 「放言」 と注している。
昭和二十五年の歳晩 (大晦日) の作。退官後の独立自由の境地を歌っている
(鑑 賞)
作者は退官後は作詩三昧の生活に入り、その自由な境涯に晩年の生き甲斐を感じ、人生の真の意義を見出している。
この詩にはその喜びと誇りが率直に述べられ、それが印象的な承句により力強くまとめられている。この種の詩として型にはまらぬ新鮮さが有る。