○藤樹書院==中江藤樹 (1608〜1648) がその生地近江 (滋賀県) の高島郡小川村で教化を垂れ、その跡が村樹書院と呼ばれた。近江の西部にあるので江西書院とも称せられた。
藤樹はわが国における陽明学の鼻祖で、親に仕えて至孝、その徳化はあまねく郷党に及び、近江聖人と称せられた。
○五十年==東涯がこの書院を訪れたのは享保六年 (1721) 、藤樹の卒した慶安元年 (1648) を去ること七十三年であった。従って
「五十年」 は大略の数である。
○訓義方==子弟を教訓するのに正しい道をもってすること。
○絃誦==絃ば絃歌。誦は誦読。中国古代において琴に合わせて書物を朗誦したので読書、学問のことをいう。
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