藤田 東湖
文化三 (1806) 〜安政二 (1855)


金風きんぷう 颯颯さつさつ 群陰ぐんいんかも
ぎょく 摶摶たんたん 万林ばんりんしたた
どく 三更さんこう てん しず かなり
一輪いちりん明月めいげつ 丹心たんしんてら
金風颯颯醸群陰

玉露摶摶滴萬林

獨坐三更天地靜

一輪明月照丹心

(通 釈)
秋風があたりをざわめかして通り過ぎると、そのたびに昼のような明るい地上に黒い葉影が重なり揺れいっぱいに置いている玉をあざむく白露がぽたぽたと、あたり一面の木立からしたたり落ちる。
夜はいよいよ更け、いよいよ静かである。ただ月のみが、この幽居に独り坐している私を訪い、一点の曇りもないこの真心を照らし、慰めてくれることである。

○金風==秋風に同じ。秋は五行説で金にあたるところから秋風の意とする。
○颯颯==風の吹く音。
○醸群陰==多くの暗い影をつくりだす。
○玉露摶摶==玉のような白露をいっぱいに置いている。
○三更==真夜中。  ○丹心==真心。


(解 説)
真夜中秋風の中に独坐し、明月に比して自己の潔白誠忠の情を述べたもの。

(鑑 賞)
起承の写景は騒然たる物情を、転結は澄明な東湖の心境を暗示するかのようである。また、前半の 「動」 があって、後半の 「静」 がいよいよ深まっているように感ぜられる。