(通 釈)
風に吹き煽られ、縦横に、あるいは西に東に、綾目も分かたず、寂しく音立てて降りしきる雨の中、行方も知れずさ迷い鳴くはぐれ雁にも似たわが身であっても、意気まことに旺盛、意志また堅固なるは、自分のことながら驚くばかりである。
だが、その感慨にふける間もあらばこそ、突如市街の一角に聞こえる鋭い呼子の笛、はや門前に群がる五、六十人の捕吏の姿。
大義を貫く願望を抱く身であるので、今捕らえられれば恨みを千載に残してしまう。
血路を開かんと、幕吏たちを地に投げ飛ばし、天に抛り上げ、左に追い右に逃れ、さらに敢然突撃して前の敵を倒し、次には身を翻して後方の敵の虚を衝き、獅子奮迅の武者ぶりを発揮すれば、さしも多数を頼んだ敵も攻撃してこなくなった。
思えば死闘幾時ぞ、いつしか雨は止み、氷の輝きにも似た三尺の刀身を清風に拭えば、四望の空晴れ、雲ひとつなく、夜明けに近い月が街を静かに照らしている。
○飛雨==風に吹き乱されて横ざまに降る雨。
○蕭蕭==寂しく雨の降るさま。
○孤雁==群れを離れた一羽の雁。
○壮心==勇ましい心。心の鬱勃たる状態。
○凛凛==胸中に充満した意気が外に向かってうち出るさま。
○城裡==<城> はまち。<裡> はウチ。つまり <城> と <裡>
の二語で町全体の意。
○氷刀==氷のように冷たく輝く刀。秋水三尺ともいう。
○五更==午前四時頃。初更は夜八時。一更は二時間に当る。
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(解 説)
安政四年から五年にかけて、左内が一橋派の参謀の一人として、京都で公卿の有志、勤王の志士の間を斡旋画策し、いわゆる安政の大獄の少し前、幕吏から追われるところとなっていた頃の作品である。
幕末、風雲急を告げる中、幕吏に追われながらも、自ら信ずるところを貫こうとする不退転の強い信念を詠じている。
(鑑 賞)
左内の幕藩体制改造論は、藩主春嶽の発想とはいいながら、彼自身の信ずるところであった。
彼は、改造論実現に対し、不退転の信念を持ち、多くの同志にも働きかけ、幕吏に追われても決してひるむところがなかった。 その強い信念を、幕吏との戦いを契機にはっきりと披瀝している。
その後、幕吏に捕らえられ、幽閉中、尋問を受けた時、藩主春嶽の不利になるようなことは一言も言わなかったことと併せ考えると、彼の節義がいかに堅かったかをよりいっそう理解できる。
彼の志操がますます強固になったのは、山崎闇斎の学問を受けるに及んでからといわれる。ちなみに、闇斎学の精紳は、 「尽忠報国の大義を明らかにし、これを身をもって実践する」
というものであった。 |