ひょう や の うた
藤田 東湖
文化三 (1806) 〜 安政二 (1855)

瓢兮瓢兮吾愛汝

汝嘗熟知顔子賢

陋巷追随不改樂

盍以美祿延天年

夭壽有命非汝力

性命長付驥尾傳

瓢兮瓢兮吾愛汝

汝又嘗受豊公憐

金裝燦爛從軍日

一勝加一百且千

千瓢向處無勍敵

叱咤忽握四海權

瓢兮瓢兮吾愛汝

悠悠時運幾變遷

亞聖至樂誰復踵

太閤雄圖何忽焉

不用獨醒吟澤畔

只合長醉伴謫仙

瓢兮瓢兮吾愛汝

汝能愛酒不愧天

消息盈虚與時行

有酒危坐無酒顛

汝危坐時我未醉

汝欲顛時吾欲眠

一醉一眠吾事足

世上窮通何處邊

ひょうひょうわれ なんじあい
なんじ かつじゅく がん けん
陋巷ろうこうつい じゅう してたの しみをあらた めず
なん ろくもつ天年てんねん ばさざる
よう じゅ めい なんじちからあら
性命せいめい とこしな えに してつと
ひょうひょうわれ なんじあい
なんじ また かつ豊公ほうこうあわ れみを
金裝きんそう 燦爛さんらん たりじゅう ぐん
いつ しょう いちくわ えてひゃく かつ せん
せん びょう むこところ 勍敵けいてき
しっ たちまにぎ かいけん
ひょうひょうわれ なんじあい
悠悠ゆうゆう たる うん いく 変遷へんせん
せい らく たれまた がん
太閤たいこうゆう なん忽焉こつえん たる
もち いず独醒どくせい 沢畔たくはんぎん ずるを
ただ まさちょう すい 謫仙たくせんともの うべし
ひょうひょうわれ なんじ を愛す
なんじ さけあい しててん じず
しょう そく 盈虚えいきょ ときともおこの
さけ れば さけ ければてん
なんじ するとき われ いま わず
なんじてんせんとほつ するとき われ ねむ らんとほつ
いつ すい いち みん こと
じょうきゅう つういず へん


瓢箪よ瓢箪よ、私はお前が好きだ。
お前は昔、顔回 (孔子の高弟、学才、徳行高く、孔子に最も愛された) の賢なることをよく知っていて、質素な横丁のような処についてまわり、顔回の楽しみを己の楽しみとした。どうして顔回は天の美禄 (酒) をもって天寿を延ばさなかったのであろうか。
とはいっても、短命と長寿とは天の司るところで、瓢箪よお前の力ではどうにもならないし、お前を責めても仕方のないことだ。むしろ顔回の亜聖としての名声は、孔子のおかげで千古に伝わったのであり、お前にとっても名誉なことである。

瓢箪よ瓢箪よ、私はお前が好きだ。お前はかって豊太閤の慈しみを受けた。金色に輝く姿をもって従軍し、戦いに一勝する毎に馬印に一瓢を加え、その数も百から千にも増え、千成瓢箪の向うところ既に強敵はなく、太閤は大声叱咤してたちまちのうちに天下統一の事業を為し遂げたのであるが、これも、お前にとっては名誉なことであろう。

瓢箪よ瓢箪よ、私はお前が好きだ。長い歳月の間の世の成り行きの中で幾変遷もあったであろう。亜聖顔回のようなこの上ない楽しみ方を、今の世の人でまた誰か継ぐものがあろうか。
太閤の、海外にまで遠征した雄図も、 「露と落ち露と消えぬるわが身かな浪華のことは夢の又夢」 と歌った如く、太閤が没すると同時に終わってしまったことは何とも儚いことであろうか。
そうかといって、楚の屈原のように、人が酒に酔っている時も飲まず、一人国家の事のみを憂えて行く行く洞庭湖畔に詩を吟じ、世をはかなんだ末に泪羅の淵に身を投げるというような事はしない方が良いだろう。
それよりも、大いに飲んで、大いに酔って、謫仙人と呼ばれた李白につれだった方がよい。

瓢箪よ瓢箪よ、私はお前が好きだ。
お前はよく酒を愛するが、酒を愛することは李白の言った通り天地に愧じることではない。お前は常に盛衰の繰り返される天地にあって、時に随って身を処して来た。
酒があれば正坐し、酒がなくなればころぶ。
お前が正坐している時は私は未だ酔わない。お前がころべば私も眠くなる。酒によって眠る。私はそれで充分である。世間の栄達や困窮のことなど、私の知ったことではない。