夜(よる) 坐(ざ) す
王 陽明
明 (1472 〜 1528)

 

独(どく) 坐(ざ) す秋(しゅう) 庭(てい) 月(げつ) 色(しょく) 新(あらた) なり
乾坤(けんこん) 何(いず) れの処(ところ) か更(さら) に閑人(かんじん)
高(こう) 歌(か) 度(わた) りて清風(せうふう) と与(とも) に去(さ) り
幽(ゆう) 意(い) 自(おのずか) ら流(りゅう) 水(すい) に随(したが) って春(はる) なり
千聖(せんせい) 本(もと) 無(な) し心外(しんがい) の訣(けつ)
六経(りくけい) 須(すべか) らく払(はろ) うべし鏡(きょう) 中(ちゅう) の塵(ちり)
却(かえ) って憐(あわ) れむ擾(じょう) 擾(じょう) 周(しゅう) 公(こう) の夢(ゆめ)
未(いま) だ及(およ) ばず惺(せい) 惺(せい) 陋巷(ろうこう) の貧(ひん)
獨坐秋庭月色新

乾坤何處更閑人

高歌度與清風去

幽意自随流水春

千聖本無心外訣

六經須佛鏡中塵

卻憐擾擾周公夢

未及惺惺陋巷貧

秋の夜、独り庭に下りてそぞろ歩きを楽しめば、折から月が冴えて気自ら清涼である、 この静かな境地ひたっているものは、はたして何処に居るだろうか。
月に向かって詩を高らかに吟ずれば、歌声は清風に乗って遠く流れ、幽玄な心境となって、のどかな春の水の如くである。
幾千もの聖人があらわれても所詮は自分の心に悟りの秘訣はなく、また儒学の基本たる六経も結局は我が胸中の塵を払うものでしかない。
いたずらにあの周公たらんと夢見ても、それは当世には通用しないことを悟って、それよりもむしろ、あの孔子の弟子の顔回のように貧困の中でもそれに甘んじて、そのうち靜に吾道を楽しむのには及ばないのだ。