いん ちゅう はつ せん
杜 甫
盛唐 (712 〜 770)

知章騎馬似乘船

眼花落井水底眠

汝陽三斗始朝天

道逢麹車口流涎

恨不移封向酒泉

左相日興費萬錢

飲如長鯨吸百川

銜杯樂聖稱避賢

宗之瀟灑美少年

擧觴白眼望青天

擧觴白眼望青天
蘇晉長齋繍佛前

醉中往往愛逃禪

李白一斗詩百篇

長安市上酒家眠

天子呼來不上船

自稱臣是酒中仙

張旭三杯草聖傳

脱帽露頂王公前

揮毫落紙如雲煙

焦遂五斗方卓然

高談雄辯驚四筵
しょううま るはふね るに たり
がん 水底すいていねむ
汝陽じょうよう さん にしてはじ めててんちょう
みち麹車きくしゃ うてくちよだれなが
うら むらくはふううつ して酒泉しゅせんむか わざりしを
しょうにっ きょう 万錢ばんせんついや
むことちょう げいひゃく せん うがごと
さかずきふく んでせいたの しみけん くとしょう
そう しょう しゃ たる しょう ねん
さかずき げて白眼はくがん 青天せいてんのぞ
こう としてぎょく じゅ風前ふうぜんのぞ むがごと
しん ちょう さいしゅう ぶつまえ
すい ちゅう 往往おうおう 逃禅とうぜんあい
はく いつ ひゃつ ぺん
ちょう あん じょう しゅ ねむ
てん きた れどもふねのぼ らず
みずかしょうしんこれしゅ ちゅうせん なりと
張旭ちょうきょく 三杯さんばい 草聖そうせい つと
ぼうちょうあら わす王公おうこうまえ
ごうふる ってかみおと せば雲煙うんえんごと
しょう すい まさ卓然たくぜん
高談こうだん 雄弁ゆうべん えんおどろ かす

賀知章が酒に酔って馬に乗る姿は、まるで船に揺られているようである。酔眼はもうろうとしていて、路傍の井戸に落ちてもそのまま気付かずに眠ってしまう程である。
汝陽王の?(シン) は毎朝三斗の酒を飲んでから出仕をする。それなのに途中で酒麹を運ぶ車に出会えば、また飲みたくて口から涎を流すほどで、金泉の出る酒泉郡に領地換えしてもらえないことを残念に思っている。
左丞相の李適之は一日の酒宴に万銭もの大金を使い、その飲み方は大きな鯨が百もの川の水を一気に吸うかと思われるほどで、杯を手にして常に自分は酒好きだが、どぶろくは嫌いだといっている。
崔宗之は姿美しい美少年のようである。杯を手にしては冷ややかな白眼で青空をにらみつけ、その姿は美しい木が風前に臨んで立っているようだ。
蘇晉は深く仏教に帰依していて、長い間、仏像の前で精進潔斎をするが、酒に酔うと往々にして座禅の場を逃げ出している。
李白は酔う程に詩興が湧き、一斗の酒を飲む間に百篇の詩を作るというが、往々にして長安市内の居酒屋で酔いつぶれて寝込んでいることが多い、こんな時舟遊び中の玄宗皇帝からお召しがあっても、船に乗ることが出来ず、皇帝に向かって、「自分は酒飲みの仙人です、失礼は平にお許しを」 などと平気で言った。
草書の名手で草聖と呼ばれた張旭は、三杯の酒を飲むと、ほろ酔いきげんで見事な草書体の書を書き、また王公の前でも礼儀など一向におかまいなく、帽子を脱ぎ、頭をむき出しにして、髪の毛に墨を含ませて紙上に落とせば、その筆勢は雲煙の飛ぶようにすばらしい。
焦遂は日頃はどもりのために話し下手であるが、酒を五斗も飲むと意気が上がり、とうとうたる雄弁で声高に話し、あたりの人を驚かすのである。