日も高くのぼり睡りも十分なのだが、起きるのがおっくうである。 小さな建物だけれども、夜具を重ねているので寒さの心配もない。 遺愛寺の鐘は寝ている床まで聞こえ、香が峰の雪は簾を上げれば見ることができる。 ここ廬山は、名利から逃れるのによい土地であり、司馬という役目も、老後にはこの上ない職である。 身も心も安らかなことこそ、人間が最後に落ち着くところである。 最後の地というのはなにも長安にだけあるのではないのだ。