風薫る春に、母を迎えて京都の寓居に来たり、北風すさび今、母を送って広島に帰る。
来る時は路々花咲き草萌える好時節であったが、帰る今は、わずかの間に霜や雪の降る寒空となってしまっている。
朝、鶏の鳴く声を聞いて足ごしらえをし、よろめく足で母の輿に従う。
だが踏み煩う自分の足のことなどよりも、ただ母の輿の安全を願うばかりである。
茶店で一休みする母に一杯差し上げて、自分もまたお相伴をする。
朝日が店一杯差し込んで、路に降りた霜もすでに乾き始める。
五十歳の子供と、まだまだ達者な七十の母とが一緒に旅をしている。こんな幸福は世間でも得られることは大変に珍しいことで、今は嬉しさでいっぱいである。
ここ山陽道は往来する人で大変賑わっているが、はたして誰がわれわれ親子のような喜びにひたっているであろうか。
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