菅原道真公は藤原時平の讒言によって大宰府へ配流の身となり、その地で没したが、亡くなったのちも忠義の鬼と化してその魂は今も尚天拝山の峰にある。
また楚の屈原も泪羅の淵に身を投じて死んだが、彼の国を思う物語は今も世に伝わり、その心情を思って悲しむのである。
昔から忠節の士は君を思って一身のことなどは顧みないものであるが、その忠臣の多くは小人共に害せられている。
自分もまた、国を思うのあまり、今は捕らわれの身となって閉じ込められているが、かって同じ身の上であった菅公や屈原の心情を思いおこすと涙が止めどもなく流れるのである。
けれども、たとえこのまま死んだとしても決して恨みには思うまい。のちの世に公論が定まるならば、必ずこの私の心が認められるであろうから。
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