〜 〜 『 源 氏 物 語 』 〜 〜
 

2008/04/24 (木) 夕 顔 の 帖 (一)

この頃、源氏は六条に住む高貴の女性に通っていた。この巻では素性が明かされないが、六条の御息所 (ミヤスンドコロ) で源氏より七歳年上であった。先の皇太子の未亡人で、皇太子の忘れ形見の姫君がいる。
源氏はある日、六条御息所を訪ねる途中に、五条の乳母の家へ寄る。乳母の家は五条の、ごみごみ小さな家の建てこんだ界隈にあった。乳母は病気が重く、頭を丸めて尼になっている。当時は病気が重くなると、出家すれば、病気が軽くなったり、死をまぬがれると信じられていた。
その日、乳母の家の外で門の開くのを待っている間に、源氏は隣家の小家の垣根に咲く白い夕顔の花に惹かれた。
その花が取り持ち、源氏はその家の女を知り通うようになる。女と寝ている壁ごしに、隣家の碓 (カラウス) の音や、話し声がつつ抜けに枕元に聞こえてくる。そんな経験は初めての源氏はすべてが珍しい。女は素性を明かさないまま、源氏に心身を預けきって、ついてくる。源氏もいつも覆面をしたままで名乗らずに女と逢いつづける。
八月十五日の夜、源氏は女を奪うようにして、人の住まない廃院に連れ出す。次の日はじめてそこで覆面を取り、源氏は女に打ちとけるが、女はやはり名を明かさない。
その夜、女は何かに襲われたように頓死する。乳母の子で乳兄弟の腹心の惟光 (コレミツ) が、印なの死体を東山にもって行き、葬式一切を執り行う。
源氏は悲嘆の余り落馬して、茫然自失のあげく、女を葬った後、病気で寝込んでしまう。女と一緒につれて出た女房の右近を、源氏は引き取り側近く置いて使う。右近の口から、やはり女は頭の中将が話していた女と同一人物だと判明する。
夕顔の花の歌の贈答から、この女を夕顔と呼ぶ。
空蝉も夫に従って伊予に去ってしまう。
この巻の終わりに、こうしたごたごたした恋愛事件を、源氏は秘密にしておいたのだけれど、いくら帝の子といっても、知っている人まで、源氏に欠点がないようにほめるのと、話せば作り話のように受取る人があるので、すっかり話してしまったといい、あまり慎みのないお喋りの罪は、免れたいとする作者の言葉で結ばれている。
これが帚木の冒頭の地の文と照応しているのを見ても、 「帚木」 「空蝉」 「夕顔」 の三巻は、源氏十七歳の旺盛なラブハントを書いた点で一つのまとまった筋立てになっていることがわかる。
「帚木」 のはじめに、源氏の性質として 「うちつけのすきずいしさなどは、このましからぬ御本性にて」 とあるのは、源氏の恋愛の嗜好をはっきり打ち出している。成立し難い恋、無理な恋、邪魔のある恋、許されぬ恋等、気苦労の多い恋に挑む時だけ、源氏は情熱がかきたてられる。いわゆる据え膳には全く興味も情熱も湧かないのである。後につづく源氏の恋のすべては、この独特の源氏の性質が出ていることを読者は承知しているべきである。
『源氏物語 巻一』 著者 ・瀬戸内 寂聴 発行所・ 講談社 ヨ リ