苦しき御ここちにも、かの右近を召し寄せて、局など近くたまひてさぶらはせたまふ。惟光、ここちも騒ぎまどへど、思ひのどめて、この人のたつきなしと思ひたるを、もてなし助けつつさぶらはす。
君は、いささか隙ありておぼさるる時は、召し出でて使ひなどすれば、ほどなくまじらひつきたり。服いと黒うして、容貌などよからねど、かたはに見苦しからぬ若人
(ワカウド) なり。
「あやしうみじかかりける御契りにひかされて、われも世にえあるまじきなめり。年ごろの頼み失ひて、心細く思ふなぐさめにも、もしながらへば、よろづにはぐくまむとこそ思ひしか、ほどもなくまたたち添ひぬべきか、くちをしくもあるべきかな」
と、忍びやかにのたまひて、弱げに亡きたまへば、いうかひなきことをばおきて、いみじく惜しと思ひきこゆ。
殿のうちの人、足を空にて思ひまどふ。内裏より、御使、雨の脚よりもけにしげし。おぼしき嘆きおはしますを聞きたまふに、いとかたじけなくて、せめて強くおぼしなる。大殿
(オホイトノ) も経営
(ケイメイ) したまひて、大臣 (オトド)
日々にわたりたまひつつ、さまざまのことをせさせたまふしるしにや、二十余日いと重くわづらひたまひつれど、ことなる名残
(ナゴリ) のこらず、おこたるさまに見えたまふ。
穢らひ忌みたまひしも、ひとつに満ちぬる夜なれば、おぼつかながらせたまふ御心わりなくて、内裏の御宿直所に参りたまひなどす。
大殿、わが御車にて迎へたてまつりたまひて、御物忌 (モノイミ)
なにやと、むつかしうつつしませたてまつりたまふ。われにもあらず、あらぬ世によみがへりたるやうに、しばしおぼへたまふ。
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