紙燭持て参れり。右近も動くべきさなにもあらねば、近き御几帳 (ミキチョウ)
を引き寄せて、 「なほ持て参れ」 とのたまふ。
例にならぬことにて、御前近くもえ参らぬつつましさに、長押 (ナゲシ)
にもえのぼらず。
「なほ持て来 (コ) や、所に従ひてこそ」 とて、召し寄せ見たまへば、ただこの枕上
(マクラガミ) に見えつる容貌 (カタチ)
したる女、面影に見えてふと消えうせぬ。
昔物語などにこそかかることは聞け、と、いとめづらかにむくつけけれど、まづこの人いかになりぬるぞと思ほす心騒ぎに、身の上も知られたまはず、添ひ臥して、
「やや」 と、おどろかしたまへど、ただ冷えに冷え入りて、息は疾く絶え果てにけり。言はむかたなし。
たのもしく、いかにと言ひ触れたまふべき人もなし。法師などをこそは、かかるかたのたのもしきものにはおぼすべけれど、さこそ強がりたまへど、若き御心にて、いふかひなくなりぬるを見たまふに、やるかたなくて、つと抱きて、
「あが君、生きいでたまへ。いといみじき目見なせたまひそ」 とのたまへど、冷え入りにたれば、けはひもうとくなりゆく。
右近は、ただあなむつかしと思ひけるここち皆さめて、泣きまどふさまいといみじ。
南殿 (ナンデン) の鬼の、なにがしの大臣 (オトド)
をおびやかしけるたとひをおぼしいでて、心強く、
「さりとも、いたづらになり果てたまはじ。夜の声はおどろおどろし。あなかま」
といさめたまひて、いとあわたたしきに、あきれたるここちしたまふ。
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