惟光、日頃ありて参れり。
「わづらふはべる人、なほ弱げにはべれば、とかく見たまへあつかひてなむ」
など聞こえて、近く参り寄り手て聞こゆ。
「仰せられしのちなむ、隣のこと知りはべる者呼びて、問はせはべりしかど、はかばかしく申しはべらず。いと忍びて五月のころほひよりものしたまふ人なむあるべけれど、その人とは、さらに家のうちの人にだに知らせず、となむ申す。時々中垣
(ナカガキ) のかいま見しはべるに、げに若き女どもの透影 (スキカゲ)
見えはべり。褶 (シビラ) だつもの、かことばかり引きかけて、かしづく人はべるなめり。昨日、夕日のなごりなくさし入りてはべりしに、文書くとてゐてはべりし人の、顔こそいとよくはべりしか。もの思へるけはひして、ある人々も忍びてうち泣くさまなどなむ、しるく見えはべる」
と聞こゆ。
君うちゑみたまひて、知らばやと思ほしたり。おぼえこそ重かるべき御身のほどなれど、御よはひのほど、人のなびきめできこえたるさまなど思ひには、すきたまはざらむも、なさけなくさうざうしかるべしかし、人のうけひかぬほどにてだに、なほさりぬべきあたりのことは、このましうおぼゆるものを、と、思ひをり。
「もし見たまへ得ることもやはべると、はかなきついでつくり出でて、消息などつかはしたりき。書き馴れたる手して、口疾く返りことなどしはべりき。いとくちをしうはあらぬ若人
(ワカウド) どもなむはべるめる」
と聞くこゆれば、
「なほ言ひ寄れ。尋ね寄らでは、さいざうしかりなむ」 とのたまふ。
かの下が下と、人の思ひ捨てし住ひなれど、そのなかにも、思ひのほかにくちおしからぬを見つけたらばと、めづらしく思ほすなりけり。
さて、かの空蝉のあさましくつれなきを、この世の人とは違ひておぼすに、おいらかならましかば、心苦しきあやまちにてもやみぬべきを、いとねたく、負けてやみなむを、心にかからぬをりなし。
かようのなみなまみまでは思ほしからざりしつるを、ありし雨夜の品定めの後、いぶかしく思ほしなるしなじなあるに、いとどくまなくなりぬる御心なめりかし。
うらもなく待ちきこえ顔なる片 (カタ) つ方人
(カタビト) を、あはれとおぼさぬにしもあらねど、つれなくて聞きゐたらむことのはづかしければ、まづこなたの心見果ててと、おぼすほどに、伊予の介上
(ノボ) りぬ。
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