〜 〜 『 源 氏 物 語 』 〜 〜
 

2008/04/25 (金) 夕 顔 (二)

惟光が兄の阿闍利 (アザリ) 、婿の参河 (ミカハ) の守、むすめなど、わたりつどひたるほどに、かくおはしましたるよろこびを、またなきことにかしこまる。
尼君も起きあがりて、
「惜しげなき身なれど、捨てがたく思うたまへつることは、ただかく御前にさぶらひ御覧ぜらるることの変りはべりなむことを、くちをしく思いひたまへたゆたひしかど、忌むことのしるしによみがへりてなむ、かくわたりおはしますを見たまへはべりぬれば、今南無阿弥陀仏 (アミダホトケ) の御光も、心清く待たれはべるべき」
など聞こえて、弱げに泣く。
日頃おこたりがたくものせらるるを、安すからず嘆きわたりつるに、かく世を離るるさまにものしたまへば、いとあはれにくちをしうなむ。命長くて、なほ位高くなども見なしたまへ。さてこそ、九品 (ココノシナ) の上 (カミ) にも障なく生まれたまはめ。この世にすこしうらみ残るは、わろきわざとなむ聞く」
など、涙ぐみてのたまふ。
かたほなるをだに、乳母やうの思ふべき人は、あさましうまほに見みなすものを、ましていと面 (オモ) だたしう、なづさひつかうまつりけむ身もいたはしう、かたじけなく思ほゆべかめれば、しずろに涙がちなり。
子どもは、いと見苦しきと思ひて、そむきぬる世の去りがたきやうに、みづからひそみ御覧ぜられたまふと、つきじろひ目くはす。
君はいとあはれと思ほして、
「いはけなかりけるほどに、思ふべき人々のうち捨ててものしたまひにけるなごり、はぐくむ人あまたあるやうなりしかど、親しく思ひむつぶる筋は、またなくまむ思ほえし。
人となりて後は、限りあれば、朝夕にしもえ見たてまつらず、心のままにとぶらひまうづることはなけれど、なほ久しう対面せぬ時は、心細くおぼゆるを、さらぬ別れはかなくもがなとなむ
など、こまやかにかたらひたまひて、おしのごひたまへる袖のにほひも、いと所狭きまでかをり満ちたるに、げによに思へば、おしなべたらぬ人の身宿世 (ミ スクセ) ぞかしと、尼君をもどかしと見つる子ども、皆うちしほれたれけり。

(口語訳・瀬戸内 寂聴)

惟光の兄の阿闍利や、娘婿の三河の守、それに娘などが、老母の重態のため集まってきていたところへ、源氏の君が、こうしてたまたま見舞いにお越し下さったことを、この上もなく有り難いことと思い、恐縮しきってお礼を申し上げます。尼君も起き上がって、
「もう今更、何の惜しくもないこの身でございますのに、これまでこの世を捨てられなかったのは、出家すれば君のお前に出てこのようにお目通りがかなわなくなるのではないかと、それだけが残念でためらっていたのでございました。受戒の御利益で、命をよみがえらせていただきまして、このようにお見舞い下さいましたお姿を拝見できましたので、今はもう、あの世へお連れ下さる阿弥陀様の御来迎も、心すがすがしくお待ちすることができそうでございます」
などと申し上げて、弱々しく泣くのでした。源氏の君は、
「この頃、病気がはかばかしくないと聞いていたので、いっつもずっと心配していたのですよ。こんなふうに世を捨てて尼姿になられたのを見ると、ほんとうに悲しくて残念でたまらない。どうか長生きして、もっとわたしが高位高官に上る姿を見届けておくれ、その後で、九品 (クボン) 浄土の最高の世界にも、何の障りもなく生まれ変わられるのがいいでしょう。この世に少しでも恨みが残るのは、往生によくないことだと聞いています」
などと、涙ぐみながらおっしゃいます。
乳母などというものは、自分が養育したからには、少々出来の良くない子でさえおかしいぐらい申し分のない子のように思い込むのが常ですのに、ましてや尼君は、源氏の君のようなすばらしいお方を朝夕親しくお育て申した自分までが、大切に、有り難く思われますので、晴れがましくて、ただもうむやみに涙にくれています。
子どもたちは、老母の泣くのを見苦しく思って、
「まるで捨てたこの世にまだ未練がありそうに、自分から泣き顔をさらしてみっともない」
と、互いに肩や肘をつついあって、目くばせしあっています。
源氏の君は、尼君の泣くのをしみじみあわれに思われて、
「私の幼かった頃、可愛がってくれるはずの人たちが、次々わたしを捨てて亡くなってしまわれたので、それから後はいろいろな人に育ててもらったようだけれど、心の底から親身に思って馴れ慕ったのは、あなたよりほかにはなかったのですよ。大人になってからは、面倒な浮世のきまりなどもあって、朝夕、逢うわけにもいかなくなり、思うように訪ねることも出来なかった。それでも長く逢わないでいると、心細く淋しくてたまらなかった。ほんように子が親を慕うように思っているので、“世の中にさらぬ別れのなくもがな” と歌われているのと同じ気持ちで、、さけられない死別など決してあってほしくないとつくづく思っています」
などと、細やかにお話になられて、涙を押し拭われるお袖にたきしめた香の匂いが、部屋いっぱいにあふれるばかりに満ちわたります。
たしかに考えてみれば、この尼君は、希に見る幸運な身の上だったのだと、それまで尼の君の様子を見苦しいと思っていた子どもたちも、みな涙にしおれてしまいました。

新調日本古典集成 『源氏物語 (一) 』 校注者・石田 穣二 清水 好子 発行所・ 新潮社
『源氏物語 巻一』 著者 ・瀬戸内 寂聴 発行所・ 講談社 ヨ リ