小君近こう臥したるを起こしたまへば、うしろめとう思ひつつ寝ければ、ふとおどろきぬ。
戸をやをら押しあくるに、老いたる御達 (ゴタチ)
の声にて、
「あれは誰 (タ) ぞ」 と、おどろおどろしく問ふ。
わづらはしくて、 「まろぞ」 といらふ。
「夜中に、こはなぞありかせたまふ」 とさかしがりて外 (ト)
ざまへ来 (ク) 。
いと憎くて、
「あらず。ここもとへ出づるぞ」 とて、君を押し出でたてまつるに、暁近き月、隅なくさし出でて、ふと人の影見えければ、
「またおはするは誰ぞ」 と問ふ。
「民部のおもとめなり。けしうはあらぬおもとのたけだちかな」 と言ふ。
たけ高き人の常に笑はるるを言ふなりけり。老人 (オイビト)
、これを連ねありきけると思ひて、
「今、ただ今、立ちならびたなひなむ」 と言ふ言ふ、われもこの戸より出でて来。
わびしけれど、えはた押しかへさで、渡殿の口にかい添ひて、隠れ立ちたまへれば、このおもとさし寄りて、
「おもとは、今宵は上にやさぶらひたまひつる。一昨日 (オトトヒ)
より腹を痛みて、いとわりなければ、下にはべりつるを、人少なくなりとて召ししかば、昨夜
(ヨベ) まうのぼりしかど、なほえ堪ふまじくなむ」 とうれふ。
いらへ聞かで、 「あな腹々。今聞こえむ」 とて過ぎぬるに、からうし出でたまふ。なほかかるありきはかろがろしくあやふかりけりと、いよいよおぼし懲りぬべし。
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