この入りつる格子はまだささねば、隙 (ヒマ)
見ゆるに、寄りて西ざまに見通したまへば、この際に立てたる屏風も、端のかたおし畳 (タタ)
まれたるに、まぎるべき几帳なども、暑ければにや、うち掛けて、いとよく見入れらる。
火、近うともしたり。母屋の中柱にそばめる人やわが心かくると、まづ目とどめたまへば、濃き綾
(アヤ) の単襲 (ヒトエガサネ)
なめり、何にかあらむ上に着て、頭 (カシラ) つきほそやかに、ちひさき人の、ものげなき姿ぞしたる。顔などは、さし向ひたらむ人などにも、わざと見ゆまじうもてなしたり。手つき痩せ痩せにて、いたうひき隠しためり。
今一人は、東向きにて、残るところなく見ゆ。白き羅 (ウスモノ)
の単襲 (ヒトエガサネ)
、二藍 (フタアイ) の小袿 (コウチキ)
だつもの、ないがしろに着なして、紅 (クレナイ)
の腰ひき結 (ユ) へる際まで胸あらはに、ばうぞくなるもてなしなり。
いと白うをかしげに、つぶつぶと肥えて、そぞろかなる人の、頭 (カシラ)
つき額つきものあざやかに、まみ口つきいと愛敬 (アイキョウ)
づき、はなやかなる容貌 (カタチ) なり。
髪はいとふさやかにて、長くはあらねど、さがりば、肩のほどよきげに、すべていとねじけたるところなく、をかしげなる人と見えたり。むべこそ、親の世になくは思ふらめと、をかしく見たまふ。
ここちぞ、なほ静かなりけるをそへばやと、ふと見ゆる。 かどなきにはあるまじ、碁打ち果てて、闕
(ケチ) さすわたり、心とげに見えて、きはきはとさうどけば、奥の人はいと静かにのどめて、
「待ちたまへや。そこは持 (ヂ) にこそあらめ。このわたりの劫
(コフ) をこそ」
など言へど、
「いで、このたびは負けにけり。隅のとことどころ、いでいで」 と指をかがめて、 「十
(トヲ) 、二十 (ハタ) 、三十
(ミソ) 、四十 (ヨソ) 」 などかぞふるさま、伊予の湯桁
(ユゲタ) もたどたどしかるまじう見ゆ。すこし品おくれたり。たとしへなく口おほひて、さやかにも見せねど、目をしつとつけたまへければ、おのづからそば目に見ゆ。目すこし腫れたるここちして、鼻などもあざやかなるところなうねびれて、にほはしきところも見えず、言ひ立つれば、わろきによれる容貌を、いといたうもてつけて、このまされる人よりは心あらむと、目とどめつべきさましたり。
にぎははしう愛敬づきをかしげなるを、いよいよほこりかにうちとけて、笑ひなどそぼるれば、にほい多く見えて、さるかたにいとをかしき人ざまなり。
あはつけしとはおぼしながら、まめならぬ御心は、これもえおぼし放つまじかりけり。
見たまふかぎりの人は、うちとけてる世なく、ひきつくろひそばめたるうはべをのみこそ見たまへ、かくうちとけたる人のありさまかいま見などは、まだしたまはざりきつることなれば、何心もなう、さやかなるはいとほしながら、久しう見たまはまほしきに、小君出で来るここちすれば、やをら出でたまひぬ。
渡殿の戸口に寄りゐたまへり。いとかたじけなしと思ひて、
「例ならぬ人はべりて、え近うも寄りはべらず」
「さて、今宵もや帰してむとする。いとあさましう、からうこそあべけれ」
とのたまへば、
「などてか、あなたに帰りはべりなば、たばかろはべるなむ」
と聞こゆ。
さもなびかしつべきけしきにこそはあらめ、童なれど、もの心ばえ、人のけしき見つべくしづまれるをと、おぼすなりけり。
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