碁打ち果てつるにやあらむ、うちそよめくここちして、人々あかるるけはひなどすなり。
「若君はいづくにおはしますらむ。この御格子はさしてむ」 とて鳴らすなり。
「しづまりぬなり。入りて、さらばたばかれ」 とのたまふ。
この子も、おもうとの御心は、たわむるところなくまめだちたれば、言ひあはせむかたなくて、人少なならむをりに入れたてまつらむ、と思ふなりけり。
「紀伊の守の妹もこなたにあるか。われにかいま見させよ」 とのたまへど、
「いかでか、さははべらむ。格子には几帳添へてはべる」 と聞こゆ。
さかし、されどもと、をかしくおぼせど、見つとは知らせじ、いとほし、とおぼして、夜ふくることのこころもとなさをのたまふ。
こたみは妻戸をたたきて入る。皆人々寝にけり。
「この障子口にまろは寝たらむ。風吹きとほせ」 とて、畳ひろげて臥す。
御達 (ゴタチ) 、東の廂 (ヒサシ)
にいとあまた寝たるべし。戸放ちつる童べもそなたに入りて臥しぬれば、とばり空寝
(ソラネ) して、火明かきかたに屏風をほろげて、影はほのかなるに、やをら入れたてまつる。
いかにぞ、をこがましきこともこそ、とおぼすに、いとつつましけれど、導くままに、母屋の几帳の、帷引き上げて、いとやをら入りたまふとすれど、皆しづまれる夜の、御衣のけはひやはらかなるしも、いとしるかりけり。
女は、さこそさ忘れたまふを、うれしきに思ひなせど、あやしく夢のやうなることを、心に離るるをりなきころにて、心解けたる寝
(イ) だに寝 (ネ)
られずなむ、昼はながめ、夜は寝覚 (ネザメ) がちなれば、春ならぬこにめも、いとかいなく嘆かしきに、碁打ちつる君、今宵はこなたと、いまめかしくうちかたらひて、寝にけり。
若き人は、何心なくいとようまどろみたるべし。
かかるけはひの、いとかうばしくうちにほふに、顔をもたげたるに、一重 (ヒトエ)
うちかけたる几帳の隙間に、暗けれど、うち身じろき寄るけはひ、いとしるし。
あさましくおぼえて、ともかくも思ひ分かれず、やおら起き出でて、生絹 (スズシ)
なる単 (ヒトエ) を一つ着て、すべり出でにけり。
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