寝られたまはぬままには、
「われは、かく人に憎まれてもならはぬを、今宵なむ、はじめて憂しと世を思ひ知りぬれば、はづかしくて、ながらふまじくこそ、思ひななりぬれ」
などのたまへば、涙をさへこぼして臥したり。 いとらうたしとおぼす。手さぐりの細く小さきほど、髪のいと長からざりしけはひの、さまかよひたるも、思ひなしにや、あはれなり。
あながちにかかづらひたどり寄らむも、人わろかるべく、まめやかにめざましとおぼし明かしつつ、例のやうにものたまひまつはさず、夜深
(ヨブカ) う出でたまへば、この子は、いといとほしく、さうざうしと思ふ。
女も、なみなみならずかたはらいたしと思ふに、御消息も絶えてなし。
おぼし凝りにけると思ふにも、やがてつれなくて止みたまひなましかば憂からまし、しひていとほしき御ふるまひの絶えざらむも、うたてあるべし、よきほどに、かく閉
(ト) ぢめてむ、と思ふものから、ただならず、ながめがちなり。
君は、心づきなしとおぼしながら、かくてはえ止むまじう御心にかかり、人わろくおもほしわびて、小君に、
「いとつらうも、うれたうもおぼゆるに、しひて思ひかへせど、心にしも従はず苦しきを、さりぬべきをり見て、対面すべくたばかれ」
とのたまひわたれば、わづらわしけれど、かかるかたにても、のたまひまつはすは、うれしくおぼえけり。
をさなきここちに、いかならむをり、と待ちわたるに、紀伊の守、国に下りなどして、女どちのどやかなる夕闇の道たどたどしげなるまぎれに、わが車にて率
(イ) てたてまつる。
この子もをさなきを、いかならむ、とおぼせど、さのみもえおぼしのどむまじかりければ、さりげなき姿にて、門などささぬさきにと、急ぎおはす。
人見ぬかたより引き入れて、おろしたてまつる。童なれば、宿直人 (トノイビト)
なども、ことに見入れ追従 (ツイソウ) せず、心やすし。
東の妻戸 (ツマド) に立てたてまつりて、われは南の隅の間より、格子たたきののしりて入りぬ。
御達 (ゴタチ) 「あらはなり」 と言ふなり。
「なぞ、かう暑きに、この格子はおろされたる」 と問へば、 「昼より西の御方のわたらせたまひて、碁
(ゴ) 打たせたまふ」 と言ふ。
さて向ひゐたらむを見ばや、と思ひて、やをら歩み出でて、簾のはさまに入りたまひぬ。
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