〜 〜 『 源 氏 物 語 』 〜 〜
 
2008/02/25 (月) 桐 壺 (十九)

引入の大臣の皇女腹 (ミコバラ) に、ただひとりかしづきたまふ御女 (オホムスメ) 、春宮 (トウグウ) よりも御けしきあるを、おぼしわづらふことありける、この君にたてまつらむの御心なりけり。
内裏 (ウチ) にも、御けしき賜はらせたまへければ、
「さらばこのをりの後見なかめるを、副臥 (ソヒブシ) にも」
とのよほさせたまひければ、さおぼしたり。
さぶらひにまかでたまひて、人々大御酒 (オホミキ) など参るほど、親王 (ミコ) たちの御座の末に、源氏着きたまへり。
大臣 (オトド) けしきばみきこえたまふことあれど、もののつつましさほどにて、ともかくもあへしらひきこえたまはず。
御前より、内侍 (ナイジ) 、宣旨 (センジ) うけたまはり伝へて、大臣参りたまふべき召しあれば、参りたまふ。
御禄のもの、うへの妙婦とりて賜ふ。
白き大袿 (オホウチキ) に御衣 (ゾ) 一領 (ヒトクダリ) 、例のことなり。
御さかづきのついでに、

いときなき はつもとゆひに 長き世を 契る心は 結びこめつや
御心ばへありておどろかさせたまふ
結びつる 心も深き もとゆひに 濃きむらさきの 色しあせずは
と奏して、長橋 (ナガハシ) よりおりて舞踏したまふ。
左馬寮 (ヒダリノツカサ) の御馬、蔵人 (クロウド) 所の鷹すゑて賜はりたまふ。
御階 (ミハシ) のもとに、親王 (ミコ) たち上達部 (カムダチメ)つらねて、禄どもしなじなに賜はりたまふ。
その日の御前の折櫃物 (オリヒヅモノ) 、籠物 (コモノ) など、右大弁 (ウダイベン) なむ、うけたまはりてつかうまつらせける。
屯食 (トンジキ) 、禄の唐櫃 (カラヒツ) どもなど、ところせきまで、春宮 (トウグウ) の御元服のをりにも数まされり。
なかなか限りもなくいかめしうなむ。その夜、大臣 (オトド) の御里に、源氏の君まかでさせたまふ。
作法世にめづらしきまで、もてかしづききこへたまへり。いときびはにておはしたりを、ゆゆしううつくしくと思ひきこえたまへり。
女君 (オンナギミ) すこしく過ぐしたまへるほどに、いと若うおはすれば、似げなくはづかしとおぼいたり。
(口語訳・瀬戸内 寂聴)

加冠役の左大臣の北の方は、帝の妹宮で、御夫妻の間には姫君が、ただ一人お生まれになっています。その姫君を大切にお守り育てていらして、以前にも東宮からそれとなく御所望があった折りにも、当惑なさって思案していらっしゃったのは、実は、とうにこの源氏の君に差し上げたいおつもりがあったからなのでした。
帝にも、かねてこのことで、御内意をおうかがい申し上げましたところ、
「それでは、この元服後の後見役もいないようだから、いっそ元服の夜、その姫君に添臥 (ソイフ) しさせて妻にしては」
と、おすすsめになられましたので、左大臣はそのつもりでおります。
源氏の君が控えの間に退出されて、参列者の間では御酒宴が始まりました。
源氏の君は、臣籍に下りましたので、親王たちの末席に着座なさいます、その隣には左大臣がひかえていて、それとなく今夜の姫君との婚礼のことを匂わせて、耳うちされましたが、まだ何もつけきまりの悪いお年頃なので、お返事のしようもなく当惑していらっしゃいます。
帝のおん前から内侍が左大臣の席に来て、
「帝がお召しでいらっしゃいます」
と伝えました。
左大臣が帝のおん前に進みますと、この日のねぎらいの御下賜品は、帝付の命婦が取り次いで賜りました。白い大袿 (オオウチキ) に御衣裳一揃いは、こういう時の慣例のとおりでした。
帝がお盃を賜るついでに

いときなき はつもとゆひに 長き世を 契る心は 結びこめつや
(いとけなくいとしい者の元服の初元結を結ぶ、その時若いふたりの夫婦の契り長かれと、結びこめただろうか)
と、帝は例の添臥しのお心づもりをこめて、念をおされました。
結びつる 心も深き もとゆひに 濃きむらさきの 色しあせずは
(心こめ結びこめた元結に、色鮮やかな濃紫、殿御の心も濃紫、とことわに色あせぬよう夫婦の契りもこめて添う)
と、左大臣はお答え申し上げ、長橋から庭上に降りて拝舞されました。
ここで、左馬寮 (サマリョウ) のお馬と、蔵人所 (クロウドドコロ) の鷹を鷹槊 (タカホコ) に止まらせたものを拝領いたしました。
御階 (ミハシ) の下には、新王 (ミコ) たちや上達部 (カンダチメ) が居並び、それぞれの位に応じた禄を賜ります。
その日の帝の御前に供された折櫃物 (オリヒツモノ) や、籠物 (コモノ) の料理などは、右大弁 (ウダイベン) が、帝の仰せを承って調達したものでした。
屯食 (トンシキ) や禄の入った唐櫃 (カラビツ) など、置ききれぬほどあふれ、東宮の御元服の時よりもおびただしく、かえって今日のほうがすべてにつけ、この上なく盛大になりました。
その夜、左大臣のお邸に源氏の君は退出なさいました。
婚礼の作法は世に例もないほど立派に整えて、左大臣は婿君をおもてなし申し上げます。
婿君がまだ子供子供していらっしゃるのを、左大臣は、非常に可愛らしいとお思いになります。
女君は、源氏の君より少し年嵩 (トシカサ) でいらっしゃるのに、婿君があまりにも若々しいのが、御自分と不似合いで恥ずかしく、気が引けるようにお感じになります。
新調日本古典集成 『源氏物語 (一) 』 校注者・石田 穣二 清水 好子 発行所・ 新潮社
『源氏物語 巻一』 著者 ・瀬戸内 寂聴 発行所・ 講談社 ヨ リ