〜 〜 『 源 氏 物 語 』 〜 〜
 
2008/02/22 (金) 桐 壺 (十六)

年月に添へて、御息所の御ことをおぼし忘るるをりなし。慰むやと、さるべき人々参らせたまへど、なずらひにおぼさるるだにいとかたなき世かなと、うとましうのみよろづにおぼしなりぬるに、先帝 (センダイ) の四の宮の、御容貌 (カタチ) すぐれたまへる聞こえ高くおはします、母后 (ハハキサキ) 世になくかしづききこえたまふを、上にさぶらふ典侍 (ナイシノスケ) は、先帝 (センダイ) の御時のひとにて、かの宮にも親しう参り馴れたりければ、いはけなくおはしましし時より見たてまつり、今もほの見たてまつりて、
「亡せたまひし御息所の御容貌に似たまへる人を、三代の宮仕へに伝はりぬるに、えみたてまつりつけぬを、后 (キサキ) の宮の姫宮こそ、いとようおぼえ生 (オ) ひいでさせたまへけれ。 ありがたき御容貌人 (カタチビト) になむ」
と奏しけるに、まことにやと御心とまりて、ねむごろに聞こえさせたまひけり。
母后 (ハハキサキ) 、あな恐ろしや、東宮の女御のいとさがなくて、桐壺の更衣の、あらはにはかなくもてなされし例もゆゆしうと、おぼしつつみて、すがすがしうもおぼし立たざりけるほどに、后も亡せたまひぬ。
心細きさまにておはしますに、
「ただわが女御子たちの同じ列 (ツラ) に思ひきこえむ」
と、いとねむごろに聞こえさせたまふ。
さぶらふ人々、御後見たち、御兄 (シュウト) の親王 (ミコ) など、かく心細くておはしまさむよりは、内裏 (ウチ) 住みせさせたまひて、御心も慰むべくなどおぼしなりて、参らせたてまつりたまへり。藤壺と聞こゆ。
げに御容姿ありさま、あやしきまでぞおぼへたまへる。これは人の御きはまさりて、思ひなしめでたく、人もえおとしめきこえたまはねば、うけばかりて飽かぬことなし。
かれは人の許しきこえざりしに、御心ざしあやにくなりしぞかし。おぼしまぎるとはなけれど、おのづから御心うつろひて、こよなうおぼし慰むやうなるも、あはれなるわざなりけり。

(口語訳・瀬戸内 寂聴)
歳月が過ぎてゆくにつれ、帝はかえって、桐壺の更衣のことをお忘れにになる時もありません。
少しは淋しさを紛らすことができるかと、これと思われる新しい方々をお召しになってみても、
「亡き人に比べられそうな人さえ、この世にはいないのか」
と、帝はつくづく御気分が沈んでおしまいになるのでした。
そんな折に、亡き先帝の女四の宮で、すばらしい御器量だと評判の高いお方がいらっしゃいました。母后 (ハハキサキ) がまたとなく大切にお守りしていらっしゃるということでした。
帝にお仕えしている典侍 (ナイジノスケ) は、先帝の時にも御奉公していまして、母后のお邸にも親しく参り馴れていましたので、女四の宮も、まだ御幼少の頃からお見かけしておりました。今でも、何かのついでに仄かにお顔をお見受けすることがあります。
「お亡くなりになられたお方の御容姿によく似たお方を、わたしは三代の宮仕えをしていながら、これまでお見つけすることが出来ませんでした。ところが后の宮の姫宮こそは、それはよく似ていらっしゃって、まるで生き写しのように御成人あそばしていらっしゃいます。世にも稀な美しいお方でいらっしゃいます」
と奏上しましたので、帝がほんとうだろうかとお心ひかれて、母后に、礼を尽くして姫宮の入内を御所望になりました。
母后は、
「まあ、恐ろしい、弘徽殿の女御はひどく意地悪で、桐壺の更衣がおおっぴらにないがしろにされて苛められ、あんなむごい最期を遂げられたという、縁起でもない前例があるというのに」
とおじけづかれて、きっぱりと御決心もつきかねているうちに御病気になり、やがてお亡くなりになりました。
今では残された姫宮が、一人心細そうに暮らしていられるところへ、
「入内なさったら、わたしの女御子たちと同列に扱って、わたしが親代わりにお世話してあげましょう」
と、帝からふたた入内のことを、やさしく丁寧におすすめになりました。お仕えする女房たちや、御後見の方々、兄君の兵部卿 (ヒョウブキョウ) の宮なども、
「こうして心細く淋しく暮らしていらっしゃるよりは、いっそ入内なさった方が、お気持ちも晴れることだろう」
などと、お考えになり、四の姫宮を宮中へお上げになりました。
このお方を藤壺の君と申し上げます。ほんとうにお顔立ち、お姿、何から何まで怪しいまでに亡き桐壺の更衣に生き写しでいらっしゃるのでした。
こちらは身分も一段と高いだけに、そう思うせいか、いっそう申し分なく結構で、他の后たちも貶 (オトシ) めるようなことは出来ません。
藤壺の宮は何事も存分に振る舞われて、不都合なことはいっさいありませんでした。
亡き更衣の場合は、他の后たちが誰も認めようとせず憎んだのに、あいにくと帝の御寵愛の度が深すぎたのでした。帝は亡き人のことをお忘れになったわけではありませんが、いつとはなしに、お心が藤壺の宮へと移ってゆき、この上もなくお心が慰まれるようなのも、これが人の心の常なのでしょうか。
新調日本古典集成 『源氏物語 (一) 』 校注者・石田 穣二 清水 好子 発行所・ 新潮社
『源氏物語 巻一』 著者 ・瀬戸内 寂聴 発行所・ 講談社 ヨ リ