またの日、小君召したれば、参るとて御返り乞ふ。
「かかる御文見るベき人もなしと聞こえよ」 とのたまへば、うち笑みて、
「違ふべくものたまはざりしものを、いかがさは申さむ」 と言ふに、心やましく、残りなくのたまはせ知らせてけると思ふに、つらきこと限りなし。
「いで、およすけたることは言はぬぞよき。さは、な参りたまひそ」 とむつかれて、 「召すには、いかでか」
とて参りぬ。
紀伊の守、すき心に、この継母のありさまを、あたらしきものに思ひて、追従 (ツイソウ)
しありければ、この子をもってかしづきて、率 (イ)
てありく。
君、召し寄せて、
「昨日待ち暮らししを、なほあひ思ふまじきなめり」 と怨 (エン)
じたまへば、顔うち赤めてゐたり。
「いづら」 とのたまふに、しかしかと申すに、 「いふかひのないことや。あさまし」 とて、またも賜へり。
「あこは知らじな。その伊予の翁よりは、先に見し人ぞ。されど、たのもしげなく、頸 (クビ)
細しとて、ふつつかなる後見まうけて、かくあなづりたまふなめり。さりとも、あこはわが子にてをあれよ。このたのもし人は、ゆくさき短かりなむ」
とのたまへば、さもやありけむ、いみじかりけることかな。と思へる、をかしとおぼす。
この子をまつはしたまひて、内裏にも率 (イ) て参りなどしたまふ。
わが御匣殿 (ミクシゲドノ) にのたまひて、装束などもせさせ、まことに親めきてあつかひたまふ。
御文はつねにあり。されど、この子もいと幼し、心よりほかに散りもせば、軽々しき名さへとりそへむ、身のおぼえをいとつきなかるべく思へば、めでたきこともわが身からこそと思ひて、うちとけたる御答
(イラヘ) へも聞こえず。
ほのかなりし御けはひありさまは、げになべてぬやはと、思ひいできこえぬにはあらねど、をかしきさまを見えたてまつりても、何にかはなるべき、など思ひかえすなりけり。
君はおぼしおきたる時の間もなく、心苦しくも恋しくもおぼしいづ。
思へりしけしきなどのいとほしさも、はるけむかたなくおぼしわたる。軽々しくはひまぎれ、立ち寄りたまはむも、人目のしげからむ所に、便
(ビン) なきふるまひやあらはれむと、人のためもいとほしくと、おぼしわづらふ。
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