からうして、今日は日のけしきもなほれり。
かくのみこもりさぶらひたるも、大殿御心いとほしければ、まかでたまへり。
おほかやのけしき、人のけはひもけざやかにけ高く、乱れたるところまじらず、なほこれこそは、かの、人々の捨てがたく取り出でしまめ人には頼まれぬべけれ、とおぼしものから、あまりうるはしき御ありさまの、とけがたくはづかしげに思ひしずまりたまへるを、さうざうしくて、中納言の君、中務
(ナカヂカサ) などやうの、おしなべたらぬ若人
(ワカウド) どもに、たはぶれごとなどのたまひつつ、暑さに乱れたまへる御ありさまを、見るかひありと思ひきこえたり。
大臣 (オトド) も渡りたまひて、うちとけたまへれば、御几帳
(ミキチョウ) 隔てておはしまして、御物語聞こえたまふを、 「暑きに」
と、にがみたまへば、人々笑ふ。 「あなかま」 とて、脇息 (キョウソク)
に寄りおはす。いとやすらかなる御ふるまひなりや。
暗くなるほどに、 「今宵、中神 (ナカガミ) 、内裏よりはふたがりてはべりけり」 と聞こゆ。
「さかし、例は忌みたまふかたなりけり」
「二条の院も同じ筋にて、いづくにか違へむ、いとなやましきに」
とて大殿籠 (オオトノゴモ) れり。 「いとあしきことなり」
と、これかれ聞こゆ。
「紀伊の守にて親しくつこうまつる人の、中川のわたりなる家なむ、このころ水せき入れて、涼しきかげにはべる」
と聞こゆ。
「いとよかなり。なやましきに、牛ながら、ひき入れつべからむ所を」 とのたまふ。
忍び忍びの御方違 (カタガタ) へ所は、あまたありぬべけれど、久しくほど経て渡りたまへるに、方塞
(フタ) げて、ひき違 (タガ)
へほかざまへとおぼさむは、いとほしきなるべし。紀伊の守に仰せ言賜へば、うけたまはりながら、しりぞきて、
「伊予の守の朝臣 (アソン) の家につつしむことはべりて、女房なむまかり移れるころにて、狭き所にはべれば、なめげなることやはべらむ」
と、下に嘆くを聞きたまひて、
「その人近かからむなむ、うれしかるべき。女遠き旅寝は、もの恐ろしきここちすべきを、ただその几帳のうしろに」
と、のたまへば、
「げによろしき御座所 (オマシドコロ) にも」
とて、人走らせやる。
いと忍びて、ことさらにことことしからぬ所をと、急ぎ出でたまへば、大臣にも聞こえたまはず、御供にもむつましき限りしておはしましぬ。
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