内裏 (ウチ) わたりの旅寝 (タビネ)
、すさまじかくべく、けしきばめるあたりはそぞろ寒くや、と思うたまへられしかば、いかが思へると、けしきも見がてら、雪をうち払ひつつ、なま人わろく爪くはるれど、さりとも今宵日ごろの恨みはとけなむ、と思うたまへしに、火ほのかに壁にそむけ、なえたる衣
(キヌ) どもの厚肥 (アツゴ) えたる、大いなる籠
(コ) にうち掛けて、引き上ぐべきものの帷
(カタビラ) などうち上げて、今宵ばかりやと、待ちけるさまなり。 さればよと、心おごりするに、正身はなし。
さるべき女房どもばかりとまりて、親の家に、この夜さりなむ渡りぬると、答えはべり。
艶なる歌も詠まず、けしきばめる消息もせで、いとひたやごみりに情なかりしかば、あへなきここちして、さがなく許しなかりしも、我をうとみねと思ふかたの心やありけむ、と、さしも見たまへざりしことなれど、心やましきままに思ひはべりしに、着るべきもの、常より心とどめたる色あひしざま、いとあらまほしくて、さすがにわが見捨ててむ後をさへなむ、思ひやり後見したりし。
さりとも絶えて思ひ放 (ハナ) つやうはあらじと思うたまへて、とかく言ひはべりしを、そむきもせず、尋ねまどはさむとも隠れ忍びず、かかやかしからずいらへつつ、ただ
『ありしながらは、えなむ見過ぐすまじき。あらためてのどかに思ひならばなむ、あひ見るべき』 など言ひしを、さりともえ思ひ離れじと思うたまへしかば、しばし懲らさむの心にて、しかあらためむとも言はず、いたく綱引きて見せしあひだに、いといたく思ひ嘆きて、はかなくなりはべりしかば、たはぶれにくくなむおぼえはべりし。
ひとへにうち頼みたらむかたは、さばかりにてありぬべくなむ、思うたまへいでらるる。
はかなきあだことをも、まことの大事をも、言ひあはせたるにかひなからず、龍田姫 (タツタヒメ)
と言はむにもつきなからず、たなばたの手にも劣るまじく、そのかたも具して、うるさくなむはべりし」
とて、いとあはれと思ひ出でたり。
中将、
「そのたなばたの裁ち縫ふかたをのどめて、長き契りにぞあえまし。 げにその龍田姫の錦 (ニシキ)
には、またしくもののあらじ。はかなき花紅葉 (ハナモミジ)
といふも、をりふしの色あひつきなく、はかばかしからぬは、露のはえなく消えぬるわざなり。さあるにより、かたき世とは、定めかねたるぞや」
と、言ひはやしたまふ。
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