「よろずのことによそへておぼせ。木の道の工 (タクミ)
の、よろずの物を心にまかせて作りいだすも、臨時のもてあそび物の、その物と、あともさだまらぬは、そばつきさればみたるも、げにかうもしつべかりけりと、時につけつつ、さまをかへて、今めかしき目移りて、をかしきもあり。
大事として、まことにうるはしき人の調度の飾りとする、さだまれるやうある物を、難なくしいづることなむ、なほまことのものの上手は、さまことに見えわかれはべる。
また絵所 (エドコロ) に上手多かれど、墨かきに選ばれて、次々にさらに劣りまさるけぢめ、ふとしも見えわかれず。
かかれど、人の見及ばぬ蓬莱 (ホウライ) の山、荒海のいかれる魚のすがた、唐国のはげしきけだもののかたち、目に見えぬ鬼の顔などの、おどろおどろしく作りたるものは、心にまかせて、ひときは目おどろかして、実
(ジチ) には似ざらめど、さてありぬべし。
この世の常の山のたたすまひ、水の流れ、目に近き人の家居 (イヘイ)
ありさま、げにと見え、なつかしくやはらいだるかたなどを、静かにかきまぜて、すくよかならぬ山のけしき、木深
(コブカ) く、世離れてたたみなし、け近き籬 (マガキ)
のうちをば、その心しらひおきてなどをなむ、上手はいといきほひことに、わろものは及ばぬ所多かめる。
手を書きたるにも、深きことはなくて、ここかしこの、点長 (テンナガ)
にはしり書き、そこはかとなくけしきばめるは、うち見るに、かどかどしくけしきだちたれど、なほまことの筋をこまやかに書き得たるは、うはべの筆消えて見ゆれど、今ひとたび取りならべて見れば、なほ実になむよりける。
はかなきことだにかくこそはべれ。まして人の心の、時にあたりてけしきばめらむ、見る目の情をば、え頼むまじく思うたまへ得てはべる。
そのはじめのこと、すきずきしくとも申しはべらむ」
とて、近くゐ寄れば、君も目さましたまふ。
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