〜 〜 『 源 氏 物 語 』 〜 〜
 

2008/03/14 (金) 帚 木 (十)

と言へば、中将うなづく。
「さしあたりて、をかしともあはれとも、心にいらむ人の、たのもしげなき疑ひあらむこそ、大事なるべけれ。
わが心あやまちなくて見過ぐさば、さしなほしてもなどか見ざらむとおぼえたれど、それさしもあらじ。
ともかくも違ふべきふしあらむを、のどやかに見忍ばむよりほかに、ますことあるまじかりけり」
と言ひて、わが妹の姫君は、この定めにかなひたまへりと思えば、君のうちねぶりてことばまぜたまはぬを、さうざうしく心やましと思ふ。
(ムマ) の頭 (カミ) 、もの定めの博士 (ハカセ) にて、ひひらきゐたり。
中将は、このことわり聞き果てむと、心いれて、あへしらひゐたまへり。

(口語訳・瀬戸内 寂聴)

と言うと、頭の中将はうなずいて、
「今、さしあたって、美しいとも、いとしいとも思って愛している相手が、不実な浮気をしている疑いのある場合は、大変だろうね。自分の方にはあやまちがなくても、相手の不実を多めに見てやったら、相手も非を改めて心を持ち直さずにはいられないだろうと思われるけれど、必ずしもそうなるとは限らない。
とにかく相手を許せないと思うことがおこった場合も、気長に構えて辛抱するに越したことはないようですよ」
と言いながら、源氏の君と結婚した自分の妹の姫君こそは、この話にぴったりと適っていると思うので、源氏の君が居眠ったふりをなさり、何の御意見をもさしはさまれないのがもの足りなく、いらいらなさいます。
左馬の頭はひとりはりきって、弁論博士になり、論じてています。頭の中将は、この論議を最後まで聞こうと、熱心に相手になっていらっしゃいます。

新調日本古典集成 『源氏物語 (一) 』 校注者・石田 穣二 清水 好子 発行所・ 新潮社
『源氏物語 巻一』 著者 ・瀬戸内 寂聴 発行所・ 講談社 ヨ リ