「今はただ品にもよらじ、容貌をばさらにも言はじ、いとくちをしく、ねぢけがましきおぼえだになくは、ただひとへにものまめやかに、静かなる心のおもむきならむよるべをぞ、つひ頼み所には思ひおくべかりける。
あまりのゆゑよし心ばせ、うち添へたらむをば、よろこびぬ思ひ、すこし後れたるかたあらむをも、あながちに求め加へじ。
うしろやすくのどけき所だに強くは、うはべの情は、おのづからもてつけるべきわざをや。
艶にもの恥恨み言ふべいころをも、見知らぬさまに忍びて、うへはつれなくみさをつくり、心一つに思ひあまる時は、言はむかたなくすごき言の葉、あはれなる歌を詠みおき、しのばるべきかたみをとどめて、深き山里、世離れたる海づらなどにはひ隠れぬかし。
童にはべりし時、女房などの物語読みしを聞きて、いとあはれに悲しく、心深きことかなと涙をさへなむおとしはべりし。
今思ふには、いと軽々しく、ことさらびたることなり。
心ざし深からむ男をおきて、見る目の前につらきことありとも、人の心を知らぬやうに、逃げ隠れて人をまどはし、心を見むとするほどに、長き世のものもの思ひになる、いとあじきなきことなり。
心深しや、などとほめたてられて、あはれ進みぬれば、やがて尼になりぬかし、思ひ立つほどは、いと心澄めるやうにて、世にかへりみすべくも思へらず。
『いで、あな悲し。かくはたおぼしなりにけるよ』 などやうに、あひ知れる人来
(キ) とぶらひ、ひたすらに憂 (ウ)
しとも思ひ離れぬ男、聞きつけて涙おとせば、使ふ人、古御達 (フルゴタチ)
など、『君の御心はあはれなりけるものを、あたら御身を』 など言ふ。
みづから額髪をかきさぐりて、あへなく心細ければ、うちひそみぬかし。
忍ぶれど涙こぼれそめぬれば、をりをりごとにえ念じえず、悔しきこと多かめるに、仏もなかなか心ぎたなしと見たまひつべし。
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