〜 〜 『 源 氏 物 語 』 〜 〜
 
2008/03/06 (木) 帚 木 (六)

さまざまな人之のうへどもを語りあはせつつ、
「おほかたの世につけて見るにはとがなきも、わがものとうち頼むべき選 (エ) らむに、多かるなかにも、えなむ思ひ定むまじかりける。
(オノコ) の朝廷 (オオヤケ) につかうまつり、はかばかしき世のかためとなるべきも、まことのうつはものとなるべきを取りいださむには、かたかるべしかし。
されど、かしこしとても、一人二人世の中をまつりごちしるべきならねば、上は下に助けられ、下は上になびきて、こと広きにゆづろふなむ。
狭き家のうちの主人とすべき人一人を思ひめぐらすに、足らではあしかるべき大事どもなむ、かたがた多かる。
とあればかかり、あふさきるさにて、なのめにさてもありぬべき人の少なきを、すきずきしき心のすざびにて、人のありさまをあまた見あはせむのこのみならねど、ひとへに思ひ定むべきよるべろすばかりに、同じくは、わが力いりをし、なほしひきつくろふべき所なく、心にかなふやうにもやと、選 (エ) りそめつる人の、定まりがたきなるべし。
かならずしもわが思ふにかなはねど、見そめつる契りばかりを捨てがたく思ひとまる人は、ものまめやかなりと見え、さてたもたるる女のためも、心にくくおしはからるるなり。
されど、何か、世のありさまも見たまへ集むるままに、心に及ばず、いとゆかしきこともなしや。君達 (キムタチ) の上なき御選びには、ましていかばかりの人かはたぐひたまはむ。

(口語訳・瀬戸内 寂聴)

さまざまな人々のことなどを話題にしながら、左馬の頭は、
「ありふれた恋の相手としてつきあう分には難がなくても、さて自分の妻として頼りになる女を選ぶ段になりますと、これがまた、いくら多い女の中からでも、なかなか決めかねるものです。
男が朝廷にお仕えして、天下の柱石となるような頼もしい人物を選ぶ場合でも、ほんとうに優秀な器量の人を選り抜くとなれば、まかなか難しいものですよ。しかし、この場合は、いくら偉い人物でも、一人や二人で天下の政治を行うわけにはいかないのですから、上司は下役に助けられ、下役は上司に従って、広範囲にわたる公事を互いに融通しあってこそ、事がうまく運ばれるものでしょう。
ところが、せまい家庭の中では、主婦となるべき人物は一人しかいなくて、その資格について考えてみると、欠く事の出来ない大切な条件があれこれといっぱいあります。
これがよくてもあれが悪い、一方よければ他方はだめと、どうどう廻りで、曲がりなりにもこれなら何とか我慢できるという女でさえ、なかなか少ないのです。
決して浮気心の面白半分に、多くの女を見比べてみようという物好きなつもりはないのですが、この女こそ自分の妻と決めて、一筋に頼りにしたいというほでの気持ちでさがすため、どうせなら、後になって自分が力をいれて矯正したりする必要のない、はじめから自分の好みにあうような女はいないものかと選り好みするせいか、なかなか縁が定まらないのでしょうね。
必ずしも気に入ってはいないけれど、まあ、夫婦になったのも縁あればこそと、その縁を大切にして女と別れないでいるような男は、誠実に見えるし、また捨てられない女の方も、どこかいい所があるのだろうと奥ゆかしく見られます。
しかし、どういうものでしょうか、世間の男女の関係も、これまでずいぶんたくさん見てきましたが、これこそ想像にも及ばなかったすばらしい、理想的な男女の仲などという組み合わせには、さっぱりお目にかかったこともありませんな。
わたしどもでさえそうなのですから、まして、あなた方のような御大家の若君がこの上なしの贅沢なご選択をなさった日には、どれほどのお方がふさわしいのでしょう。

新調日本古典集成 『源氏物語 (一) 』 校注者・石田 穣二 清水 好子 発行所・ 新潮社
『源氏物語 巻一』 著者 ・瀬戸内 寂聴 発行所・ 講談社 ヨ リ