「そこにこそ多くつどへたまふらめ。すこし見ばや。さてなむ、この厨子もこころよく開くべき」
とのたまへば、
「御覧じ所あらむこそ、かたくはべらめ」 など、聞こえたまふついでに、
「女の、これはしもと難つくまじきはかたくもあるかなと、やうやうなむ見たまへ知る。ただうはべばかりの情
(ナサケ) に、手はしり書き、をりふしのいらへ、心得てうちしなどばかりは、随分によろしきも多かりと見たまふれど、そも、まことにそのかたを取りいでむ選びにかならず漏るまじきは、いとかたしや。
わが心得たることばかりを、おのがじし心をやりて、人をばおとしめなど、かたはらいたきこと多かり。
親など立ち添ひてもてあがめて、生ひ先こもれる窓のうちなるほどは、ただかたかどを聞き伝へて、心を動かすこともあめり。
容貌 (カタチ) をかしくうちおほどき、若やかにてまぎるることなきほど、はかなきすさびをも、人まねに心を入るることもあるに、おのずから一つゆゑづけてしいづることもあり。
見る人おくれたるかをば言ひ隠し、さてありぬべきかたをばつくろひて、まねびいだすに、それしかあらじと、そらにいかがはおしはかり思ひくたさむ。まことかと見もてゆくに、見劣りせぬやうはなくなむあるべき」
と、うめきたるけしきもはづかしげなれば、いとなべてはあらねど、我もおぼしあはすることやあらむ、うちほほゑみて、
「そのかたかどもなき人はあらむや」 とのたまへば、
「いとさばかりならむあたりには、誰かはすかされ寄りはべらむ。取るかたなくくちおしき際 (キワ)
と、優なりとおぼゆばかりすぐれたるとは、数ひとしくこそはべらめ。
人の品高く生まれぬれば、人にてもかしづかれて、隠るること多く、自然 (ジネン)
にそのけはいこよなかるべし。
中の品になむ、人の心々、おのがじしの立てたるおもむきも見えて、分かるべきことかたがた多かるべき。
下 (シモ) のきざみといふ際になれば、こと耳たたずかし」
とて、いとくまなげなるけしきなるもゆかしくて、
「その品々いかに。いずれを三つの品に置きて分くべき。もとの品高く生まれながら、身は沈み、位
(クライ) みじかくて、人げなき、また直人の上達部
(カンダチメ) などまでなりのぼり、我は顔にて家のうちを飾り、人に劣らじと思へる、そのけぢめをばいかが分くべき」
と問ひたまふほどに、左 (ヒダリ) の馬 (ウマ)
の頭 (カミ) 、藤式部
(トウシキブ) の丞 (ジョウ)
、御物忌にこむらむとて参れり。
世のすきものにて、ものよく言ひ通れるを、中将待ちとりて、この品々をわきまへ定めあらそう。
いと聞きにくきことも多かり。
|