〜 〜 『 源 氏 物 語 』 〜 〜
 
2008/03/05 (水) 帚 木 (三)

「そこにこそ多くつどへたまふらめ。すこし見ばや。さてなむ、この厨子もこころよく開くべき」
とのたまへば、
「御覧じ所あらむこそ、かたくはべらめ」 など、聞こえたまふついでに、
「女の、これはしもと難つくまじきはかたくもあるかなと、やうやうなむ見たまへ知る。ただうはべばかりの情 (ナサケ) に、手はしり書き、をりふしのいらへ、心得てうちしなどばかりは、随分によろしきも多かりと見たまふれど、そも、まことにそのかたを取りいでむ選びにかならず漏るまじきは、いとかたしや。
わが心得たることばかりを、おのがじし心をやりて、人をばおとしめなど、かたはらいたきこと多かり。
親など立ち添ひてもてあがめて、生ひ先こもれる窓のうちなるほどは、ただかたかどを聞き伝へて、心を動かすこともあめり。
容貌 (カタチ) をかしくうちおほどき、若やかにてまぎるることなきほど、はかなきすさびをも、人まねに心を入るることもあるに、おのずから一つゆゑづけてしいづることもあり。
見る人おくれたるかをば言ひ隠し、さてありぬべきかたをばつくろひて、まねびいだすに、それしかあらじと、そらにいかがはおしはかり思ひくたさむ。まことかと見もてゆくに、見劣りせぬやうはなくなむあるべき」
と、うめきたるけしきもはづかしげなれば、いとなべてはあらねど、我もおぼしあはすることやあらむ、うちほほゑみて、
「そのかたかどもなき人はあらむや」 とのたまへば、
「いとさばかりならむあたりには、誰かはすかされ寄りはべらむ。取るかたなくくちおしき際 (キワ) と、優なりとおぼゆばかりすぐれたるとは、数ひとしくこそはべらめ。
人の品高く生まれぬれば、人にてもかしづかれて、隠るること多く、自然 (ジネン) にそのけはいこよなかるべし。
中の品になむ、人の心々、おのがじしの立てたるおもむきも見えて、分かるべきことかたがた多かるべき。
(シモ) のきざみといふ際になれば、こと耳たたずかし」
とて、いとくまなげなるけしきなるもゆかしくて、
「その品々いかに。いずれを三つの品に置きて分くべき。もとの品高く生まれながら、身は沈み、位 (クライ) みじかくて、人げなき、また直人の上達部 (カンダチメ) などまでなりのぼり、我は顔にて家のうちを飾り、人に劣らじと思へる、そのけぢめをばいかが分くべき」
と問ひたまふほどに、左 (ヒダリ) の馬 (ウマ) の頭 (カミ) 、藤式部 (トウシキブ) の丞 (ジョウ) 、御物忌にこむらむとて参れり。
世のすきものにて、ものよく言ひ通れるを、中将待ちとりて、この品々をわきまへ定めあらそう。
いと聞きにくきことも多かり。

(口語訳・瀬戸内 寂聴)

「あなたこそ、たくさん集めているのでしょう。少しは見せてほしいですね。そうしたなら、この厨子だって気持ちよく開けますよ」
とおっしゃると、
「いや、いや、お見せするほど値打ちのあるものなんかはないですよ」
などといっているうちに、だんだんと女の話になりました。
「女の、これこそは非の打ち所のないという、理想的なものなんかは、めったにいないと、この頃ようやくわかってきました。うわべだけの情を見せ、手紙をすらすらと達筆に書いたり、その折々の応答などは、気の利いたふうに如才なく出来るものは、それなりにかなりたくさんいると思いますが、それも本格的に、そうした才能の一つを取り出して選び出すとなると、必ず及第するというのは、めったにいないものです。
自分の得意なことばかりを、それぞれ勝手に自慢して天狗になり、人を軽蔑するような、はた目に気恥ずかしいものが多いのですよ。
親がついて、ちやほやと甘やかし育てている、将来のある箱入り娘の間は、ほんのわずかな才芸の噂だけを聞き伝えて、男が、心惹かれることもあるでしょう。
器量がよくて、気立てもおっとりした若い女が、ほかに気を散らす暇もない年頃には、ちょっとした芸事なども、人が稽古するのを真似て、自分も身を入れるようなこともあるので、自然に一芸ぐらいは何とかものにすることもあるものです。
ところが、女に仕えている女房などは、その女の不得手な面は隠し、どうにか得手な方面だけを、とりつくろって吹聴しますので、本人に会わないうちは、まさかそれほどでもないだろうなどと、あて推量なけちをつけるわけにもいきません。
そこでほんとうかなと思って女と会っていくうちに、あらが出て失望しないということは、まずないでしょうね」
と、頭の中将が慨嘆する様子は、こちらが顔負けするくらい、その道では経験豊富のようでした。
頭の中将の話には、すべてがそうだと頷くわけではないものの、源氏の君にも思い当たられることがおありなのでしょう、ほほ笑みながら、
「でも、そんなふうに何の取り柄もない女なんて、いるだろうか」
とおっしゃいますと、
「まさか、それほどひどい女のところへは、誰がだまされても寄りつきますか。何の取り柄もないひどい女と、これはいい女だなと感心するようなすばらしい女とは、同じぐらいに稀にしかいないのではないでしょうか。身分の高い家に生まれた女なら、まわりから大切にかしずかれて、人目から隠されることも多く、自然に女の様子も、この上なくよく見えるでしょう。
中流階級の女になると、その性質や、それぞれの個性的な考え方の傾向も見えて、様々な面で優劣の区別がはっきりつけ易くなるでしょう。
さらにその下の階級の女となると、噂にも耳に入らないので興味もありませんな」
頭の中将が、女についてはさも知りつくしているという顔つきなのにも、源氏の君は好奇心をそそられて、
「その中流、下流とかの階級というのは、どういうことなのだろう。何を基準にして上中下の三つの階級に分けるのですか。
もともと高貴の家に生まれながら、零落して位は低くなり、人並みの扱いを受けていないのと、また普通の身分の者が出世して、上達部にまでなって、得意そうに、家の中を飾り立て、人に負けまいと思っているのと、ふたつの間に、どこに等級の差をつけたらよいのだろう」
とお訊きになっていらっしゃるところへ、左馬の頭と藤式部の丞とが、御物忌みに御一緒に籠ろうとしてやってまいりました。
ふたりとも粋人として名が通っている上、弁舌も達者な男たちなので、頭の中将は喜んで迎え、女の品定めについて議論をたたかわせます。
その中には、ずいぶん聞き苦しい話もおおかったようでした。

新調日本古典集成 『源氏物語 (一) 』 校注者・石田 穣二 清水 好子 発行所・ 新潮社
『源氏物語 巻一』 著者 ・瀬戸内 寂聴 発行所・ 講談社 ヨ リ