於大が華陽院から珍しいきびの飴 (黒砂糖)
を少量託されて北の丸を辞したのは八ツ (午後二時) すぎだった。あめと呼びながらもこの黒い固形物にはねばりがなかった。そのうえ舌へのせると、しびれるような甘味が口中に広がってゆく。 甘蔗
などというものは、まだ日本にあるのを誰も知らない。製品としての砂糖が渡来したのは孝謙
天皇 の天平時代だったが、甘蔗の渡来はじっと後で、一般が知るようになったのは慶長
年間薩摩 で栽培
し出してからであった。 そんな時代のきびの飴を、華陽院はお久の方の生んだ勘六に、於大の手で届けてやれという。 お久の方が、これを素直
に勘六に与えるとは思えなかった。それでなくとも、華陽院やお屋敷さまを、猜疑
している様子の見えるお久の方なのだ。 於大には華陽院の心が分らなかった。華陽院は於大が勘六に負けない世継ぎを早く生むようにと希
っている。そのことだけは薄々わかっても、わざわざ世間にない、ふしぎな土産を勘六に賞味させようとは・・・・? 近ごろの於大はもう広忠の愛情にこたえて燃えている、自分の中の女の息づきはわかりかけている。 広忠が討ち死にしたら、自分も死にたいと言ったのは、臥床をひとつにしたときの、甘くかなしい感情のいつわりのない告白だった。柔らかい羽毛の中に抱き取られて、うっとりと虹
の橋を渡ってゆくと、そのまま息絶えても悔いのないふしぎな痺
れが全身をとかしてゆく。 こんなときにお久の方を想い出すのはたまらなかった。誰の手にも渡さずに、自分だけでしっかり広忠を?ぎとめておきたかった。 といって?ぎとめるにはどうすればいいのかなどと、それまで考えたことはない。が、どこかで、お久の方が、自分に対して抱くであろう妬心や憎しみはわかる気がした。 そのお久の方の部屋をたずねて、勘六に土産を届けよというのである。 大奥へ帰って来ると、わが居間へ寄らずに、於大はそのままお久の部屋をおとずれた。 「お屋敷さま、不意のお越しでございます」 女中の方がびっくりして取り次ぐと、お久の方は、あわてて入り口へ出迎えた。夏であった。うすものの着崩れを直しきれずに、 「ようこそお渡り遊ばしました」 言葉は優しかったが、お久の目には、あらわに反感が見てとれた。 於大は軽く会釈したまま黙って上座
へ通っていった。 「おお、牡丹
が見事に咲いている」 「はい、お殿さまのお言いつけで、毎年庭に植えまする」 「お久 ──」 「はい」 「私のあげた棉は事のう育っていやるか」 「は・・・はい」 そこではじめて於大は次の間に遊んでいる勘六に眼をうつして、 「華陽院さまから勘六どのにお土産を下されました。甘酒よりも串柿
よりもずっと甘い。きび
からとりました飴じゃそうな。だい
が取らせましょう。勘六どのをこれへ」 小さな紙づつみを取り出すと、お久の方の顔からはサッと血の気がひいていった。 |