〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part X-U』 〜 〜
== 『般 若 心 経』==

2017/07/15 (金) Q4 『般若心経』 は、いつ、誰が考え、
                         どこから来たのですか?

紀元前後にインドで原型がつくられ、奈良時代には渡来していました。

よく知られた中国のお話に、 『西遊記さいゆうき(1570年頃) があります。そこには尊いお経を求めて天竺てんじく (インド) へ旅する僧、三蔵法師さんぞうほうし が登場しますが、そのモデルとなったのが、玄奘げんじょう 三蔵 (602〜664年) という唐 (当時の中国) に実在した高僧です。玄奘が名前で、三蔵法師というのは、後にその功績が認められて皇帝より授けられた尊号です。 『般若心経』 は、この玄奘が艱難辛苦かんなんしく の長旅の末、インドの仏教大学 (那爛陀寺ならんだじ ) から持ち帰った膨大ぼうだい な経典の中の一巻で、玄奘が唐に戻ってから漢訳したものです。
インドではすでに仏滅後450年ごろ (紀元前後) には、『般若心経』の原型がつくられていたようです。日本にはサンスクリット語の原文を含め、奈良時代には伝えられていました。
さて作者ですが、じつは分かっておりません。あえて言うなら、どこの誰とも知れない天才仏教学者が、お釈迦しゃか 様の名前を借りて書いたものなのです。こういうと驚く人もあるでしょおう。一般にはお経は、お釈迦様がつくったものと考えられているようですが、お釈迦様がお経自体を書かれたことはないのです。
では、今日伝わっているさまざまなお経は、どのようにしてできたのでしょう。
お釈迦様の存命中は、経典がつくられることはありませんでした。ですが、お釈迦様が亡くなると、このままではお釈迦様の教えが失われてしまうと恐れたお弟子たちが数度にわたって集まり、「きょう 」 「りつ 」 「ろん 」 の三蔵経を編纂へんさん しました。 「経」 とは経典、 「律」 とは戒律、 「論」 とは経典の研究書のことです。そして、三蔵経の編纂会議のことを結集けっしゅう といいます。
この経典編纂会議が開かれた頃は、まだ 『般若心経』 はできておりませんでした。 『般若心経』 だけでなく、 『法華経ほっけきょう』 や 『阿弥陀経あみだきょう 』 など、今の日本で読まれているお経のほとんどすべてが、まだできていなかったといってよいでしょう。
なぜなら、こうしたお経は 「大乗だいじょう 経典」 といわれるもので、お釈迦様が直接残された言葉によっていないからです。
このことも初耳の方には驚きかも知れませんが、お釈迦様の死後、原始仏教教団は、まず二大流派に分かれました。あくまでも僧侶中心の修行をしようとする 「上座部じょうざぶ 」 と、僧侶ではなく一般信徒により近い立場をとる出家者が運営する 「大衆部だいしゅうぶ」 です。上座部は伝統的というか、いわば保守的な立場の仏教であり、おしゃかさまの残した修行形式を厳格にまもろうとしました。一方、大衆部は柔軟で革新的な立場をとりました。
上座部の部派は、今日でもスリランカやタイ、ミャンマーなどに見られます。基本的に上座部のお坊さんは、今でもお釈迦様が生きていた頃と同じように生活しています。たとえば持ち物は袈裟けさ (衣) が三枚、そして托鉢たくはつ 用の鉢がひとつの 「三衣一鉢さいねいっぱつ 」 というかたちです。余計なものを持つことは基本的に禁じられ、お釈迦様の時代から受け継がれた二百数十かい ともいわれる戒を厳しく守っています。日々の修行の中心となるのは、瞑想めいそう (座禅行ざぜんぎょう ) です。
これに対して 「大衆部」 は、一部が在家信者とつながり、お釈迦様の死から約600年ほどたった紀元一世紀前後には 「大乗仏教」 という仏教復興運動に発展していきます。大乗仏教では。主にお釈迦様の伝えたかった心理とは何かを探求することに主眼が置かれました。そして真理の探求者たちによって、お釈迦様に仮託かたく されたまったく新しいお経が次々と創造されていったのです。先に、どこの誰とも知れない天才といったのは、こうした人たちのことです。
これが大乗仏教の始まりです。 『般若心経』 はもとより、 『法華経』 や 『阿弥陀経』 などもこの大乗仏典に属します。これらの多くは、お釈迦様をめぐる物語形式で説かれており、世間一般の人にも興味深く、なじみやすいものが多いのです。
ただ、こういう大乗仏教の試みに対し、上座部からは 「大乗非仏説ひぶっせつ 」 という批判がありました。 「お前たちのお経は、お釈迦様から直接いただいた教えではないじゃないか」 という意見です。これは今日でも、上座部仏教の基本的な見解です。
確かに歴史学的、文献的には、大乗仏典に登場するお釈迦様と、歴史上の人物である釈尊しゃくそん とは別の存在であると考えることが必要です。ただし信仰的には、両者をひとつにして考えることは必ずしも否定できないと思います。宗教は、科学とはまt違う次元に立つ存在です。ましてや日本の仏教は上座部ではなく、歴史的にはすべて大乗仏教なのです。

『実践 般若心経入門』 著:羽田 守快 ヨリ