2017/01/28 (土) | 若 菜
・下 (四十五) | 落葉の宮は一条のお邸にお残りになって、言いようもなく悲しく恋い焦がれていらっしゃいます。 父大臣のお邸では柏木の衛門の督を待ち受けていらっしゃって、あれやこれやと看病に大騒ぎなさいます。 そうはいっても、急にひどく危険な状態になるという御容態でもなく、ここ幾月、お食事などもほとんど召し上がらなかったのに、大臣邸に移られてからはいよいよちょっとした蜜柑
などにさえ、手を触れようともなさいません。ただもう、次第次第に何かに引き入れられるように衰弱していかれます。 柏木の衛門の督のような、当世有数の学識豊かな人物が、こんなふうに重態になられましたので、世間では惜しんで残念がりお見舞いに参上しない人もありません。 帝からも朱雀院からも、度々お見舞いの御使者がみえて、非常にお惜しみになって、お案じ遊ばしていらっしゃるにつけても、いよいよ御両親の悲しみは深まり、お心も迷い乱れるばかりなのでした。 源氏の院も、全く残念なことになったとお驚きなって、度々丁重にお見舞いのお手紙を御病人のみならず、父大臣にもさしあげます。 夕霧の大将は、どなたにもまして、とても睦まじいお間柄でしたので、親しく御病床までお見舞いになられては、身の置き所もなく悲しみにくれて落ち着かないのでした。
朱雀院の御賀は、十二月二十五日と決まりました。当世きってのすばらしい上達部の柏木の衛門の督が重病で、その親兄弟や、大勢の人々、そうした高貴の御一族の方々が憂いに閉ざされている時なので、何か盛り上がらない気もするのですけれど、これまで次々に何かと延引してきたらけでも朱雀院に申し訳ないことでしたので、今更中止するわけにもいかないことですから、源氏の院はどうしてこの御賀をお取りやめになれましょうか。御賀をお努めなさる女三の宮の、重病の衛門の督へのお気持も思いやられて、源氏の院はおいたわしくお感じになっていらっしゃいます。 しきたり通り、五十の寺々での御誦経や、また朱雀院のおいで遊ばす西山の御寺でも、魔訶毘まかび
盧遮那るしゃな
の御供養の御誦経があげられました。 |
|
| 源氏物語
(巻六) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ | |