仁は、優しく、母のような�ｺである。真っ直ぐな義と厳格な正義が特に男性的であるとすれば、仁が施す慈悲 merct は女性的な優しさと説得力を持つ。私たちは、義と正義をまったく考慮することなく無分別な無慈悲におぼれることのないように注意されてきた。伊達政宗の 「義が過ぎると硬直的となり、仁が過ぎると弱さにおぼれる」 とい言葉は、人びとによく引用されてきた。
幸いなことに、慈悲は稀なものではなく、しかも麗しいものであった。というのは、 「もっとも勇敢な者はもっとも優しい者であり、愛のある者は勇敢な者である」 ということが、普遍的に当てはまるからである。
「武士の情」 ── 武人の優しさ ── は、私たちの中にあるおよそ高貴な感情に直接訴える力を持っていた。武士の慈悲が他の人びとの慈悲と異なっているからではない。武士の情の場合は、慈悲が盲目的な衝動ではなく、正義に対する適切な配慮を認識した慈悲だからであり、また、そも慈悲は、単なる心の状態としてあるのではなく、殺生与奪権力を背後に持った慈悲だからである。
経済学者が、有効需要とそうでない需要とを説くように、私たちは、武士の情を有効な慈悲と呼んでいいだろう。それは相手に、利益もしくは損害を与え得る実行力を伴っているからである。
サムライは保有する武力、武力を行使し得る特権を誇りに思っていたが、同時に孟子が愛について教えたことに、心から同意していた。孟子は、 「仁は、かならず不仁に勝つ、それは水が火に勝つのと同じである。ただし、今の仁をなす者は、一杯の水で、車に満載した薪の火を消そうとするようなものである」 と言う。また、 「他人をうたむ心は仁の根本である。それゆえ仁者は、苦しみ、悲嘆する者に同情的なのである」 とも言う。
このように、孟子は、同情をみずからの倫理思想の基礎に置いたアダム・スムスにはるかに先んじて、それを主張していたのである。
日本の武士の名誉の掟が、他国のそれと本当にぴったりと一致しているのは、実に驚くべきことである。言い換えれば、多くの悪口を言われている東洋の道徳観念と同じものが、ヨーロッパ文学のもっとも高貴な格言の中にも見出されるのである。次のよく知られた一節、