部隊を、岡の下に待たせ、わが子を迎えに、そこへ登って行った熊谷直実は、 「おお」 とすぐ大勢の中に、小次郎直家の顔を見出し、そばへ、歩み寄っていた。 「小次郎。もう快
いのか。都まで馬上、大事はばいのか」 「不覚な傷て
を負い、重ね重ね、ご心配をかけました。口惜しゅうてなりませぬ」 「なんの、戦場の武運、ぜひもないわ。それよりも、体は」 「まだ、痛みますが、歩めぬほどではありません。まして馬上ならば」 「では、ひとまず、父とともに還るがよいが、麻鳥どのは、どこにおれるるか。一言、お礼を申したいが」 「あれ、彼方あなた
におられまする」 直家が指さす所を見ると、そこにも、一群の負傷者が、世話になった人を囲んで、別れを惜しみ合っていた。 その真ん中に立って、何かと、この後の養生やら明るい冗談を交わしていたのが麻鳥であった。そしてふと、たれか後ろから呼ぶ声に、振り返って、 「おう、これは」 と、熊谷の姿を見かけ、互いに、歩み寄っていた。 「堀川でも、お目にはかかっておったが、またしても、子息小次郎が、ここの戦場にて、いかいお世話に相成りました由」 「なんの、凡医のこと、すぐれたお手当てもできませぬ」 「二度まで、手傷を負い、二度まで、同じお人も治療を賜るとは」 「まことに、御縁の深いことです」 「宿世すくせ
の御縁なれば、どうぞして、三度目には、かかることでない、なんぞよろこばしい場所で、お目にかかりたいものと存ずる」 「今日は、晴れの御凱旋ごがいせん
、およろこびの日ではないのですか」 「人は知らず、この熊谷には、なんの功もおざらぬ。── わが子一人を傷つけ、人の子一人を討ち取ったのみ。・・・・はははは、武者とは、つまらぬことに、有頂天になったり、悲涙を流したりするものでおざるよ。お笑いくだされ、お笑いくだされい」 そう言いながら、一人の郎党とともに、自分も子の小次郎の覚束おぼつか
なげな歩に、その手を肩へ扶たす
け取って、岡の道を降りて行く彼の眼もとは、心なしかほんとに泣きゆがんでいるように見えた。 しかし、この岡を去って、凱旋の列に加わって行く他の武者たちには、みじんも、そんな悩みはない。たとえ、まだ傷が癒えず、片足を引きずったり、頭を包帯ほうたい
でくるんでいる者でも、 「おさらば、おさらば」 と、後ろの岡へ、何度も手を振りながら、喜々として、みな、別れて行った。 そして、帰りたいにも、帰る当てのない平家の兵や、源氏の兵でも、重傷で歩行も出来ない者だけが、あとの残った。 ──
が、今日の凱旋軍を見るだけでもと、彼らもみな、岡の端までいざり出して、ながめていた。 たった今、山かげを縫って、生田川の西へ見えて来たのは、蒲殿かばどの
以下の、梶原、稲毛、千葉、曾我、結城ゆうき
などの諸軍らしく、また、海沿い道を、おなじ方へ、えんえんと行く別な一軍こそ、義経とその麾下きか
の将士に違いない。 岡の下を去って、それを追っかけて行く熊谷の一小隊も、はや、小さくしか見えなかった。 やがて、すべての旗と兵馬は、生田川を東へ渡り、昼霞ひるがすみ
の果てへ、次第に薄れて行った。── さだめし、都では、人出の山が道を埋めてそれを見物することだろう。また、院をはじめ、公卿百官も、にわかに、媚こび
びをもって彼らを迎え、将には恩賞があり、兵には、ねぎらいの酒が待ち、上下をあげて、ちまたは、戦捷せんしょう
の賀に彩いろど られるにちがいない。 と、思うものか。 いや、たれもが、それらのことを、想像せずにはいられまい。 しょんぼり、あその岡に、取り残された無数の眼は、それぞれ、深刻だった。彼らの上には、なんの光もない。春の雲が一すじ、ふんわり、流れていただけだった。 |