比
は七月廿日あまりの事なれば、嵐の山の山風に、川霧かはぎり
深く立ち迷ふ。村雨むらさめ しばしば降りてければ、水のみかさも増まさ
りつつ、淵瀬ふちせ も更に見え分かず。白浪しらなみ
漲みなぎ り騒ぎけるに、底そこ
しも深き所にて、やがては続く者もなし。石は袂たもと
に入れたまひぬ。二目ふため とも見えず、水の底に沈みたまひけるこそ悲しけれ。ありとある者、川に走り入りて、尋ね求めけるに、やや久しくありて、遥はる
かの河尻かはじり より取り上げたりけれども、はや、云い
うふに効かひ なき有様ありさま
なり。纔わづか に息の通かよ
ひけるも、事こと 切き
れ終は てにければ、やがてかしこにて煙けぶり
となし、これをもまた、円覚寺ゑんかくじ
にぞ納めてける。 「賢臣けんしん
二君にくん に仕へず、貞女ていぢよ
両夫りやうふ に見まみ
えず」 と云ふ文もん あり。哀れにやさしかりけり。上かみ
一人いちにん より下しも
万人ばんにん に至るまで、袖そで
を絞しぼ らぬはなかりけり。 |