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== 小 倉 百 人 一 首 ==

2008/06/28 (土)  小倉百人一首 (花の色は)

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせいまに
(小野 おのの まち )
花の色はもはやうつろうてしまった
この長雨に桜も散り 色がわりした
それと同じように
私自身 物思いに屈しているうちに
いつか 盛りの若さもすぎてしまったのだ

世に降る長雨 (ナガアメ) と、世に経 (フ) る眺 (ナガ)(詠嘆) をかけて言葉とした、伝統的技巧の歌であるが、小町の真実の叫びが、技巧臭を感じさせない。
すばらしい歌である。
定家もこの歌を名歌と思っていたらしいけれど、私もいいなあと思う。女の唇から嫋嫋 (ジョウジョウ) と洩れるため息を歌にすると、まさにこれになる。
小野小町は昔から日本の美女の代表のようにいわれているが、その生涯はさだかではない。しかし僧正遍昭 (ソウジョウヘンジョウ) や、在原業平 (アリワラノナリヒラ) 、文屋康秀 (ブンヤノヤスヒデ) などと歌をやりとりしているから、仁明 (ジンメイ) ・文コ (ブントク) ・清和 (セイワ) の帝のころの人ではないかと思われる。九世紀の中頃である。
出羽の国の郡司、小野良貞 (オノヨシサダ) の子とも、小野篁 (オノタカムラ) の孫ともいわれるが分からない。仁明朝の女房だったらしい。美女だったという伝説が 『玉造小町壮衰書 (タマツクリコマチソウスイショ) 』 という漢文の本を生んだ。ここでは小町は美人を鼻にかけたイヤな女で、そのため晩年は落ちぶれて乞食になって死んだ、ということになっている。
ドクロ小町の説話もある。業平が東国を放浪したとき、野中でふしぎな声を聞いた。
「秋風の 吹くにつけても あなめあなめ」
声の主をさがしてゆくと、荒野にぽつんとドクロが転がっていた。その目の穴からすすきが一本生え、風になびいていた。土地の人に聞くと、 <小野小町がここへ下って来て死んだので、もしかして小町のそれかもしれません> という。業平は泣き、
「小野とはいはじ すすき生 (オ) ひけり」
と下の句をつけた。
「小野小町といえば、深草 (フカクサ) の少将が百夜 (モモヨ) 通って口説いても肘鉄砲でなびかず、ついに少将は落胆して死んだという伝説がありますなあ。 ── 世の男はそれに腹を立てて、小町が落ちぶれて死んでドクロになって転がっている、というようにいい伝えたんでしょうか、それでは小町が可愛そうですな。小町にも、選ぶ権利はあります」
フェミニストの熊八中年は、女の味方 ── というより、美女の味方なのに違いない。
美人を鼻にかけたイヤな女だったかどうか、彼女の歌でその生涯をたどってみよう。
『古今集』 仮名序に貫之は彼女の歌を評して 「あはれなりやうにてつよからず、いはば、よき女 (ヲウナ) のなやめるところあるに似たり」 といっている。 しみじみとしたところがあって、貴婦人が病んでいるような風情がある、というのである。
しかし若い頃の歌は 「「あはれなりやうにてつよからず」 とはいえない。色男で聞こえた業平に言い寄られて、鉄火な調子ではねつけている。
これでみると、美女というのはほんとだったのかもしれない。この驕慢 (キョウマン) ぶりは美女のみもつ意地悪さからきている。遍昭とも楽しく弾んだ歌をやりとりして、青春を謳歌していたようである。ボーイフレンドは多くいた。
ところが、いつの頃からか、小町は真剣な恋におちてしまう。小町は美人で才女というだけではなかったのだ。
恋におちることのできる、深い人間性を持つ女だったのだ。
驕慢でプライド高い美少女は、恋を知って、いい女になった。夜の夢にも恋しい人を見る。
「うたたねに 恋しき人を みてしより 夢てふものは 頼み初めてき」
「思ひつつ 寝ればや人の みえつらむ 夢と知りせば さめざらましを」
男は小町一人を守っているのではないらしい。小町は嫉妬にやつれ、恋にやせ、男を怨みつつ、しかも思いきれない。
苦しい恋に小町は不幸せだった。
そんな彼女を、遠くからじっと暖かく見守ってくれる男がいた。一族の男で、小野貞樹 (オノノサダキ) という。
貞樹は、実は昔から小町を愛していたのかも知れない。しかしそれを言い出せぬまま、青春は過ぎた。
小町が恋と若さを失って傷ついていた頃に、貞樹は彼女をその腕に迎えとってやったのではあるまいか。
「あんたのこと、おれは昔から好きだったんだよ」
という彼に、小町は歌う。
「今はとて わが身しぐれに ふりぬれば 言の葉さへに うつろひにけり」
── 私はもう色香もあせたわ。あなたの言葉も心も、昔とは変わったんじゃなくって?。
貞樹は歌を返す。
「人を思ふ こころ木の葉に あらばこそ 風のまにまに 散りも乱れめ」
── あんたへの気持ちが、もし木の葉みたいに軽いものなら風のまにまに散り乱れるだろうが、おれはそんな軽い心で言ってるんじゃないよ。
小町はそんな男の心が嬉しくてうなずく。しかし視線は庭の桜の花にそそがれている。
「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせいまに 」
小町はやがて貞樹にも死別し、わが身を焼く野辺の煙の末まで見定める。
「あはれなり わが身の果てや 浅緑 つひには野辺の かすみと思へば」
「なるほど、美人は夫も子も持たず孤独で終わればこそ、ほんとの美人なんですなあ」
熊八中年はしみじみいう。
「子や孫に囲まれ、安穏な老後、というのは美人ではないわけか」

「田辺聖子の小倉百人一首」  著:田辺 聖子 絵:岡田 嘉夫  ヨリ