〜 〜 『 寅 の 読 書 室 』 〜 〜
 
しらつゆに 風の吹きしく 秋の野は  つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける 
                                   (文屋朝康ぶんやのあさやす

[口訳]
草葉に置いている白露に、風がしきりに吹いている秋の野は、その露が散り乱れて、ちょうど、緒で貫きとめない玉が、散り乱れるようであったよ。

[鑑賞]
萩や薄の上からゆらめき落ちる白露の可憐な美しさ、まして風の吹きわたる秋の野に、あの草からもこの草からも、白露の散りこぼれるさまは、本当に玉が散り乱れるような美しさであるにちがいない。玉を愛すること、特に白玉(真珠) を愛することが、上代人にきわめて強かったことは、一般に知られていることであるが、露に対する強い愛情もそこから来ているのではないかと思われ、それが惜しげもなく秋草から散りこぼれる光景は、真にかれらの美の魂を、根底からかき乱すほどであったろう。
それは、『枕草子』に「なにもなにも、小さきものはみなうつくし」といっているような、微小趣味の現われでもあるが、しかし、微かなもの、小さきものの領域へ、思い切って美を拡張してくれたかれらの功績は、たたえてよいものがある。それはとにかく、この歌の表現している、白露、白玉、秋草のうねり、などの白くさえた清麗優艶な美は、現代人といえども、十分に認め得るものである。
[作者]
文屋康秀の子。『古今集目録』に、寛平4年駿河掾に、延喜2年大舎人大允に任ぜられたとある外、その経歴はほとんど不明である。
この歌及び『古今集』巻四の歌によって、寛平御時后宮歌合・是貞親王家歌合の作者であったことが知られるから、歌人としては、相当に重く見られたことがわかる。
勅撰集には3首入っているだけである。
秋の野に おく白露は 玉なれや 貫きかくる 蜘蛛の糸すじ
浪分けて 見るよしもがな 渡つみの 底のみるめも 紅葉ちるやと
百人一首評解」 著:石田吉貞 発行所:有精堂出版株式会社 ヨリ


草の葉に宿る白露

未明の風は激しく

秋の野に吹き迷い

緒に貫き止めねば

はかなく散る白玉

この世に止めねば

白露 白魂 白骨

散る 散る 散る
草葉凝寒露

風吹草沈浮

蕭瑟秋野里

乱酒白玉珠

百人一首の世界」 著:千葉千鶴子 発行所:和泉書院 ヨリ